ローカルに暮らすソーシャルに生きる|地球規模で物事を考え、目の前の世界を生き、社会へ届けていくブログ

地球規模で物事を考え、目の前の世界を生き、社会へ届けていくブログ

北川勇介をフォローする

CAMERA ワークスタイル

撮影という行為が身近になっている時代だからこそ、本当に綺麗な写真とは何か?を考えてみた

投稿日:2016年12月16日 更新日:

smartphone-381237_640

カンボジア・シェムリアップに行く度にお世話になっている日本人ゲストハウス『The City Premium Guest House』がTwitterで、ちょっと興味深い投票をしておりました。

 

勝手に拝借します。

 

 





この投票はぼくにとっては「でしょうね!」っていう結果でした。

 

旅に出る時のメインのカメラは「スマホ」が半数以上。

 

そりゃそうでしょう。

 

だってiPhoneとかは、一台の中に電話も音楽もカメラも何でもかんでも詰め込んで、ボタン一つで操作するってこと考えて作られたものなので、そのカメラがしょぼかったら、iPhoneの魅力は半減するかもしれませんね。

 

スマホでも十分すぎるほど綺麗に撮影できるし、アプリを駆使すれば親指スライドするだけで加工までできます。

 

ポケットの中に入れて何百枚ものデータを持ち歩くこともできます。

 

重たい一眼レフを抱えて出歩かなくても、パソコンの中で現像作業を行わなくてもいいんです。

 

 

日本もクリスマスシーズンを迎え、出歩くとイルミネーションが街に彩りを加えています。

 

もちろんここにも、そんな景色を収めようとスマホやカメラを構える人が多いです。

 

今回はスマホがどうとか、一眼がどうって話じゃないです。

 

カメラなんて使う人がそれでよければいいんです。

 

投票の質問からは少し話逸れますが、今朝のニュースでは綺麗な写真を撮るためにマナー違反も多く見られると言うニュースも見ました。

 

ちょっと悲しいですね。

 

綺麗な写真撮りたい人の行動が美しくない。

 

 

最近は写真を撮るということが、本当に身近になっています。

 

そしてその写真の目的の多くは、SNS上にアップすることだったりもするようです。

 

それ自体は決して悪いことではないですが、それだけがメインになってしまっていると「いかにいい写真を撮るか」「いかに面白いシーンを撮るか」にフォーカスしすぎて、時に誰かに迷惑をかけているかもしれないと言うことです。

 

目的が「自分にとっていい写真を撮る」になってしまっていると、被写体になる人や同じ空間にいる人の気持ちを考えられなくなることです。

 

ぼくにとっての写真は、コミュニケーションの一つであって、思い出の共有でもあります。

 

よく行くカンボジアでの光景ですが、自分たちと違った文化の元で生活している現地の人の様子が珍しいのか、挨拶や許可も取らず勝手にカメラ向けはじめる人、少なくないです。

 

あと、観光地とかで登っちゃいけないようなとことか、柵を越えてとか。

 

現実に起きていることなんです。

 

もし、知らない外国人が挨拶もなく自分の家の前で家族のこと撮り始めたらどんな気持ちになりますか?

 

自分が必死に働いている横を許可なくうろちょろされて撮影されたらどう感じますか?

 

ぼくはそんな被写体になったら、うざいです。

 

それが勝手にSNSとかにアップされてたらどう思いますか?

 

 

写真って本当にいいものだし、一枚の絵を見て物語を伝えることも、知らない世界を見せることも、オススメの場所や美味しい食べ物を紹介することもできるんです。

 

家族の写真を見せながら、日本での生活を外国人に話すためのツールにもなります。

 

でも、それって「いい体験したね」「すごいねこんなとこ行って」って言われるためのものなんですかね。

 

 

写真を撮ることが身近になった分、綺麗な写真やいい写真を撮ることへのハードルも上がっている気がします。

 

身近になった分、何でもかんでも情報として流出する可能性も上がっています。

 

言葉では伝えきれないものを伝えてくれるものが写真かもしれないけど、写真だけではわからないものを言葉で伝える必要だってあります。

 

その写真を見せながら

「ここの夕日やばくな〜い?」

「うわ!めっちゃ綺麗!あれ?でもここに立ち入り禁止って書いてない?」

「うん。でもみんなやってたし、ここからが一番綺麗だなって。」

 

そんな物語、ぼくは語れません。

 

「見て!この子ども超可愛かった!」

「本当だ、いい笑顔。この子はどんな子なの?」

「知らないけど、歩いてたら見かけた子だよ。可愛かったから撮っちゃった。」

 

同じこと日本でやれんのかい!

 

 

国を越えれば文化も風習も違ってくるのは当たり前の事。

 

日本での常識が通じなければ、海外では当たり前のようにしてたことも日本で通じないことだってあります。

 

でも、場所とかそんなの関係なくダメなことはダメだし、どうしても忘れたくない思い出の一部として収めたいのなら交渉や許可どりも必要なコミュニケーションなのだと思います。

 

それを無しにできてしまうってことは、被写体やその国、地域へのリスペクトがないですよね。

 

「もう来ないかもしれないし」

「もう会わないだろうし」

そんな自分勝手な一瞬のために、後に来る旅人への制限が厳しくなる可能性だってあるってことです。

 

最初にも書きましたが、旅に出るのにオススメのカメラの話ではないです。

 

一眼レフ推しでも、スマホ推しでもなんでもないです。

 

ただ「撮影」と言う行為そのものが身近になっているので、もう一度考える必要があると思います。

 

本当に綺麗な写真ってなんなのかってことを。

 

Facebookでも
情報公開中。







RECOMMEND



カンボジアへお越しの際はぜひ!

普段は、世界遺産アンコールワットのある街カンボジアのシェムリアップで「たまり場」をつくっています。
こだわりのカレーとコーヒーを用意して、ブログ書いて生活しています。
シェムリアップへお越しの際は、ぜひ遊びに来てください。

-CAMERA, ワークスタイル

Copyright© ローカルに暮らすソーシャルに生きる|地球規模で物事を考え、目の前の世界を生き、社会へ届けていくブログ , 2018 AllRights Reserved.