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コラム じぶんごと

本当に「私以外私じゃない」のかもしれない。バカはバカらしくいた方が楽でいい。

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どうも、ミスター単細胞北川勇介です。

 

何だか最近体の調子がよくなくて、夜寝れない上に食欲もなく、1日1食まともに食べられるかみたいな感じでした。

 

大好きなビールもいらなくなり、起きると頭痛とめまいに襲われ、横になれば逆流性食堂炎が発生する。

 

何かをしようにも集中力もなく、何もしないでいると涙が出そうになる。

 

そんな日々でした。

 





 

「気張りすぎかな?」と息抜きで大好きな笑い飯と千鳥の漫才見たんですが、何だか笑えなくて。

 

ドラゴンボールを見漁ってもワクワクドキドキしなくて。

 

「これはやばいかも!」と思ってグーグルで「食欲ない 夜寝れない」って検索したらウツに関するサイトがズラ〜っと並んでいて、マジか!!ってなりました。

 

決して「体調悪いんで優しくして〜」アピールではないです。(優しくはしてほしいけど)

 

体調悪いとか、弱っているとか、そんなの見せたら負けな世界で育ってきたのですが、ここであえて書く理由は、ぼくが今回弱った理由が「背伸び」によるものだったと感じたからです。

 

そうやって自分を実際より大きく見せようと無理している人たち、いっぱいいると思います。

 

ぼくも今年になってからそうでした。知らない間に。

 

だから、自分は自分らしくいた方がいいよ〜ってことを身をもって知った体験記です。

 

急にそれっぽい肩書きになった

以前も書きましたが、今年の1月1日付けで正式に個人事業主として独立をしました。

>>>海外から日本へ住民票を戻して正式に個人事業主として独立しました。準備したものと登記までの流れ

 

理由はいくつかありましたが、進めようとしていたプロジェクトをグレーではなく、きれいな状況で始めようと思ったのが一番でした。

 

そのためにはこれまでのスタイルよりも、例え個人事業主であろうと正式に事業化した方が、やりたいことがやれると思ったからです。

 

結果、事業的にはいろんな提携が結べたことで進んだことがたくさんあるのですが、事業化したことで何だか肩書きっぽくなってしまったことが、後に自分を苦しめることにもなりました。

 

個人名で仕事をするという目標

ぼくは教員を辞めてから抱き始めた一番の目標に「世界を飛び回りながら個人名で仕事をする」というものがありました。

 

「あ、ども。株式会社〇〇の北川勇介です」とか「〇〇法人の北川勇介です」って感じの、「どこどこの自分」ってのが嫌だったんです。

 

それが例え自分で起業した会社だったとしても。

 

会社にしてしまえば、社会的信頼も上がるし、銀行からの融資も受けやすいとか、仕事の契約結びやすいっていろんな人から言われてきましたが、ずっと拒んでいたんです。

 

所属に支えられている感じが。

 

だから、個人事業主にしたんですが、それでも何かを背負ってしまった気になっていました。

 

これまでと対して変わることないのに、変に「経営者目線」の自分になってしまっていたんだと思います。

 

ソロよりチームで動くことが増えた

独立後、計画していたいろんな事業に着手し、年が明けてからの3カ月足らずでいろんなことを押し進めてきました。

 

これまでソロで動き続けていたぼくが、チームを組んだり、提携先と足並みそろえて動くことで、できることが増えた分、バランスをとることに集中しすぎて自分を見失っていました。

 

「ぼくはこう思うけど、ここはこうした方が全体のためにはいいな」って変に俯瞰的に物事を見るようになってしまいました。

 

これまで自分中心で動いてきた人間が、急に人に合わせるということを考え出した瞬間に、いろんなものが崩れて行く感じがありました。

 

もちろん人と合わせることも、物事を客観的に考えることも重要です。

 

ですが、それによって個性が消えてしまうくらいなら、もっと自分らしくあるべきだった。

 

もともとそんなスマートに、あれもこれもできないのだから。

 

書きたいことが書けなくなった

想いで走ってきた自分が、いろんな人と会って行く中で、経営者としての未熟さを痛感し、このままじゃダメかもって思ったところまではよかったんです。

 

ですが、いつしか想いを届けることができなくなっていました。

 

「文字を書く」ということを武器に持っていたはずの自分が、その文字に想いを乗せることなく、人にウケの良さそうな言葉をかいつまんで文章を作るようになっていたんです。

 

しまいには仲間達から

 

「最近のお前の文章どうした?どこで拾ってきた言葉で作ってんだよ。」

 

「私は勇介くんの心の奥から湧き出てくる言葉が好きです。暖かくて優しくて近い。だから無理して作らないでください。」

 

と言われました。

 

近くで見ていてくれる人たちの声が、ぼくにとっては一番リアルな反応でした。

 

そうは言っても結果が出なきゃ意味がない

だからと言って想いだけで走っていれば、いつか結果が出るか?と言われたらそんなことはありません。

 

学ぶべきことは学んで、取り入れるべきことは取り入れて、改善することも必要だと思います。

 

セオリーや一般論もあって、これまでの先人達の成功体験や失敗談から学ぶことも大切です。

 

だからと言って、リスクを背負ってまでこんな生き方しているのに、自分を押し殺してばかりも嫌だと思ったんです。

 

人からのアドバイスは聞くけど、全てを鵜呑みにしていたら自分が自分で無くなってしまうし、それでうまくいかなかった時、きっとぼくは他人や環境のせいにしてしまう気がしたんです。

 

勝手な自分の理想像が自分を苦しめた

「経営者たるもの、こうでなくては!」みたいな勝手な理想像が自分を苦しめていただけなんだと気付きました。

 

自分でカッコつけて、よく見えるように振舞って、無理して自分じゃない自分を演じていた。

 

だから心が、体が、おかしくなっていたのだと思います。

 

そんなことしなくても、ぼくの周りにはぼくのことを理解してくれて、応援してくれる人たちが溢れているにも関わらず。

 

爆笑されながら

「お前、相変わらずバカだな〜そこが好きなんだけど」

って言われたり。

 

「勇介くんのいいところは完璧じゃないところだよね。スキがありまくるから近づきやすい。」

って年下どもに言われたり。

 

改めて言葉にしてみると、全然褒められている気がしないけど、多分これが一番ぼくにとっての自然体。

 

バカでも、スキだらけでも、応援してくれる人がいるという事実だけがぼくにはあったんです。

 

別に何か肩書きがついたから、やることが増えたから、ついてきてくれる人が増えたから、ぼくはぼくじゃなくならなくていいんだって思えたんです。

 

そうなる前から一緒にいてくれる人たちがほとんどなのだから。

 

何かになろうとしなくても、そのままの自分でいい。

 

仲間達が教えてくれました。

 

見栄もプライドも意地もいらないや。

 

どうせ張るなら、ここ一番の大事な時だけにしようって。

 

大切な人たちを守る時に必要なら、見栄もプライドも意地も張る。

 

でも普段はもういいや。

 

やっぱり「私以外私じゃないの」て思わされた体験記でした。

 

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