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褪せない記憶、あの日の記憶。

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少し早い気もしますが、2016年を振り返っています。

 

最近は記事の更新と並行して、別のドメインで書いていた学校建設日記を、このブログ内に移行しています。

 

移行しながら読み返していると、当時の記憶が蘇って来て懐かしさに浸って何も手につかなくなるという悪循環も生み出しています。





ただ移行しても誤字脱字以外のリライトはせず、あの日の言葉のままに

 

付け足すことも、削ることもしていないです。

 

振り返るといろんな人の顔が浮かんで来て、いろんな思い出を時系列に並べると「あ、これまだ今年のことなんだ。3年前くらいかと思ったわ。」ってものがたくさんあります。

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(今年の年越しの様子)

 

 

今年の初めはまだ作業していたなんて信じられないくらい前のことに感じるし、今毎月のように顔を合わすメンバーも意外と出逢ってから1年経ってない人たちばかりだったりします。

 

楽しいこともしんどいこともあって、思い切り笑ったり、怒ったり、時に泣いたり。

 

何だか『あの頃』がとても特別な期間だったような錯覚です。

 

同時に今の生活への退屈感を感じたり、日本での生活に物足りなさを感じたりしています。

 

もしかしたら長期で旅に出ていた人、ワーホリや留学を終えて海外生活から帰った人達も同じような感覚を持っていたりするかもしれません。

 

旅先での日常がとても特別な日々だったように思える感覚。

 

日本にいるとコンビニはいつでも空いてて便利だし、電車の中はスマホのゲームしてるか疲れ切って爆睡している人多いし、次の電車を待てずに走っている人や、電話の向こうの人にペコペコしている人がいっぱいいた。

 

日本にいるとそれだけで周囲の音を全部拾うから嫌でも理解できてしまって、聞きたくもない不要な情報が勝手に耳に入ったりもします。

 

大して気にならなかった日常に違和感が溢れていました。

 

そんなの、ついこの間まで普通だったはずなのに。

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(レンガ積みって繰り返しの日々がなぜか刺激的だった。)

 

 

 

「学校が建った後はどうするの?」

 

今年はそんなようなことを多く聞かれたような気がします。

 

夏にトイレを作って、秋には開校して・・・。

 

そんなことばかり答えていたけど、自分自身がどうなっていくか。

 

これについては答えられていなかった気がします。

 

自分がどうやって生きていくのか。

 

あの頃考えていたのは、地元の静岡県掛川市でゲストハウス運営をするということ。

 

そのゲストハウスを母体に、地元のあらゆる事業者を巻き込んで、地元にあるいいものを発信して行こうと考えていた。

 

いくつか物件も見て回ったし、どうやって人を巻き込んでいくのかも考えていた。

 

その計画が今どうかというと、あれから一切進めていない。

 

今何しているかって言うと去年と変わらない。

 

ものづくりと物売りしてる。

 

去年の途中からライターとしての受注していた仕事を一切遮断して、文章に関してはブログだけでやって来た。

 

その代わり、昨年決めた「カメラで仕事をとる」ってことが形にもなった。

 

今はブログを通じて独自で学んで来たWebデザイン、これまた独学で学んで来たカメラ、そしてこれまでのぼくの物売りの経験を生かして、新しくブランドを立ち上げた。

 

そのブランドのアートディレクターをしている。

(別に肩書きはいらないけど、社長になりたくないからこう言うようにしている)

 

以前思い描いた未来とは随分違う未来にいる。

 

まさか自分が仲間と一緒に、ブランド立ち上げるなんて。

 

そんなの思いもしなかった。

 

でも、今仕事がとても楽しい。

 

動き回って仕事をするってことが形になって来て、たまらなく楽しい。

 

ほとんどソロで、時にチームで仕事をして来たけど、やっぱり個人が活かせるチームは最高に面白い。

 

自分ができないことはできる誰かがいて、自分の力を必要としてくれる仲間がいる。

 

共通の目的のために、走り出すことができる。

 

すごく幸せなことだ。

 

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(ほとんどが初めましての人だった夏のトイレ建設)

 

こうやって振り返ると、夢とか目標なんて簡単に変わっていいんだって思う。

 

目的がしっかりしていれば。

 

ぼく自身言ってることだいぶ変わって来た。この1年で本当に。

 

でも目的は変わらない。

 

 

そんなぼくの行動は時に「非常識」だとか「自分勝手」だとか言われたりもします。

 

そうかもしれません。

 

急に何言い出すかもわからないし。

 

ぼくという人間が、人にどう映っているのかわかりませんが、多分自己中の非常識じゃないかなって。

 

最近言われすぎて、そう思い込んで来ました。笑

 

人の気持ち考えれてないのかもしれないです。

 

それで苦しめてしまっている人たちがもしかしたらいるかもしれませんね。

 

そしたら、ごめんなさい。

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(ついに迎えた開校式当日)

 

 

ガキか!ってくらい好き勝手言うと「それでもぼくは自分の思ったように生きたい。」

 

ってのが本音です。

 

それで批判されることも増えるかもしれないです。

 

ぼくが周囲から批判されることで、嫌な思いをする人も出るかもしれないです。

 

でも、批判してくる人に合わせて自分を曲げていくくらいなら、身体はあっても死んだも同然だと思います。

 

そんな批判も押しのけて、一緒にいてくれる人に見せたい景色があります。

 

以前もぼくは「人生35歳くらいまで」みたいなこと書きましたが、本当にそう思っています。

 

あと5年。

 

ぼくには形にしたいことが多すぎます。

 

もしかしたら生き急いでいるかも。

 

そう考えたりもします。

 

ぼくのこと大事に思ってくれている人の気持ちを粗末にしているかも。

 

そうやってブレーキがかかりそうにもなります。

 

 

そんな時、幽遊白書読み直していたら、生きる目標を失った飛影が死に方を求めているシーンを引き当てました。笑

 

わかる人にしかわからないネタです。

 

ごめんなさい。

 

そこで躯が言います。

 

「生きろ、飛影!お前はまだ死に方を求めるほど強くない。」と。

 

死にかけて薄れていく飛影の記憶の中に。

 

 

きっと生き急いでも、それが本気なら、救ってくれる人たちはきっといる。

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(取引先という関係を超えて本気でアドバイスをくれる人との出会い)

 

 

だったら、やっぱり夢や目標が少しずつ変わっていくなら、来るかもわからない未来より、イメージできる未来が現在になる時に、今日が過去になる前にやり残しだけはやめようって思います。

 

誤解して欲しくないのは死にたいとか、鬱とかじゃないですよ。

 

そんなこと言ったって80すぎても笑って生きてるかもしれないし。

 

わかんないから、今できることは全部やろうって思います。

 

だってこの一年にいろんなこと詰め込めたんだから。

 

この先の1年1年を今年よりもっと濃厚なものにしなかったら、それこそいつか生きることに疲れてしまいそう。

 

2017年のイメージが、どれだけ形にできるのか。

 

想定外をいくつ思い通りにできるか。

 

守りたいもののために、自分をしっかり生きる。

 

そんな準備をして残りの2016年を過ごそうと思います。

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