ストライクゾーン|好きで生きる好きを伝える北川勇介のブログ

海外生活のこと、働くこと、カラダのこと、旅のこと、好きなこと全部

北川勇介をフォローする

LIFESTYLE

そんなことして何になる?そんなどうでもいい質問に答えられなくてもぼくらは自由になれる 

投稿日:2017年2月2日 更新日:

ぼくは子どもの頃から、割と人に笑われるようなことを積み重ねてきていて。

 

その笑われるっていうのは、誰かを笑顔にするという意味ではなくて、どこかでバカにされているような感覚のことです。

 

小学校を卒業する頃に、硬式野球のクラブチームに入るって言い出した時も。

大学で野球を続けるって言った時も。

学校の先生になるって言い出した時も。

学校の先生をやめるって言い出した時も。

カンボジアに小学校を建設すると決めた時にも。

 

大概の人にこう聞かれました。

 

「辞めてどうする?」

「それをして何になる?」

 

無理もないと思います。

 

特に現代の世の中では、急に仕事を辞めるなんて、気が狂ったと思われるか、逃げ出したと思われても仕方がないことかもしれません。

 

辞めるとするならば、正当な理由らしきものが求められるからです。

 

本当はそんな理由ですらどうだっていいのに。

 

でも、周囲は求めてきます。

 

それっぽい理由。





理由聞いてくる人は大概興味ないから大丈夫

正当らしき理由とは、転職とか独立とか、女性であれば結婚や出産もあるかもしれません。

 

ぼくの場合は違いました。

 

なんとなく。

 

ただ、このままここにいても、何の変化もない気がしたから。

 

それだけだったんです。

 

転職する気も、独立する算段もない。

 

そんな、正当らしき理由を持っていないぼくに「やめてどうするか?」「それでどうするのか?」という質問は、拷問のようでした。

 

最初はいいんです。

 

人間って不思議なもので、理解されたりわかってもらえるといいんですが、理解されない内容をぶつけても相手の疑問が増えるか、ダメ出しが始まるか。

 

一生懸命答えたら「ダメ出し」をされ、適当に流そうとしたら「考え甘くないか」と言われ、もうなんなの?って感じでした。

 

そんなことが山積みで、途中から答えることに疲れたり、聞かれることに対して億劫になったりしていました。

 

この、正当らしき理由を求められる風潮。

 

これこそが、やりたいことをやろうとしている人への、悩みの種だったりするのかなって思ったりしました。

 

何かを押し付けてくる人は自分が安心したいだけだから大丈夫

親や、先生や周囲の大人を説得させないと、やりたいことやってはいけない気がして、受け入れてもらえないと自分が間違っているんじゃないかっていう錯覚になったりして。

 

いや、もちろん理由は大事だし、なんとなくっていうセリフが軽く聞こえがちなのかもしれません。

 

例えば

「私、ここの大学に進学したい」と親に伝えたとします。

「その学校に行って何を勉強するんだ?偏差値はどうなんだ?就職に有利な資格は取れるのか?」

このような質問が返ってきて、困ってしまうという経験を持っている学生さんもいるんではないでしょうか?

 

お金を出すのは大概親なので、それこそテキトーな理由では親という名のスポンサーの承諾は得られないし、一筋縄で助けてくれることばかりではにとも思います。

 

時折「何でもいい、思った通りやれ」っていう懐の深さを持つスポンサーもおりますが。

 

このように、誰かに力を借りて何かをしようと思うのであれば、きちんと理由を説明して理解を得るということは大事かもしれません。

 

これはまだいいです。

 

時が経って、「私、ここの会社に就職しようと思っているんだよね」ってことを伝えた時に返ってくる「その会社は大丈夫なのか?給料や福利厚生は?休みは取れるのか?残業は?ボーナスは?」という類の質問。

 

周囲は「心配」という名目でいろいろ聞いてくるかもしれませんが、その気持ちの中には少なからず自分が安心したいという気持ちもあるのだと思います。

 

娘、息子を大手の会社に入れることで得られる安心。

 

今の時代、大手に入ったからってなんなんだって時代なのに。

 

決め手となる理由がないってのも問題かもしれませんが、答えられない質問が増えれば増えるほど、自分がまちがっているんじゃないかっていう気持ちに追いやられてしまうのも事実だと思います。

 

大切な決断ほど人に任せなければ大丈夫

仕事を選ぶなんて、もう自立する時なんだから、人の言葉を参考にすることは必要でも、一番大切なことは自分で決めた方がいい。

 

ぼくはそう思います。

 

一番大切なことほど、決断は自分でする。

 

そうでないと、うまくいかない時に他人や環境のせいにしてしまいそうで嫌なんです。

 

「自分の希望を変えて、お父さんがあの時言った方の会社にしたのに、入社してみたら全然面白くなかった」

 

そんなこと言えません。

 

自分で責任を取るしかない決断こそ、誰かに任せたくはないんです。

 

「自分が最初に思った方の会社にすればよかった」

 

そんなこと1mmも感じたくないんです。

 

もちろん、自分で決めた道に行ったって、しんどいことも辛いこともあるでしょう。当然のことながら。

 

自分で思っていたものとはちがう魅力を、人から聞いて考えが変わることもあるでしょう。

 

「A社に入社しようと思っていたけど、この人の話を聞いたらB社の方が方がいいと思えた。」

素直にそう思えるなら、それでいいと思います。

 

結局決めるのは自分なんです。

 

どっちにいっても正解だし、間違いはないと思います。

 

でもどちらにしろぶち当たる壁を迎えた時に、自分の選択に責任が取れるかどうかだと思うんです。

 

「A社の方がいいけど、みんなはB社の方がいいっていうし、やっぱそうなのかな〜」

なんて思いを持ったままB社に入ったって、自分の選択に責任を持てますか?

 

ぼくはそんな思いを抱えてモヤモヤしたくないから、本当に大事な決断ほど人には相談しません。

 

その決断に対して、自分で決めたことへの責任を取るって決めているから。

 

自分で決めた道がしんどくても、自分のせい。

自分で決めた道が辛くても、自分のせい。

 

でもきっと、責任を取りたくない人が多いから、誰かにすがりたくなるし、周りの意見に合わせてしまうこともある。

 

だって、人や環境のせいにしてグチグチ言っていれば楽だから。

 

でも、そんな人生にぼくはこれっぽっちも魅力を感じないし、自分くらい自分で幸せにできなくて誰を幸せにできるんだって思います。

 

それよりももがいてもがいて、どれだけ泥臭くてもまっすぐ生きている方が、ぼくは魅力を感じます。

 

まとめ

仕事が楽しくて仕方ない。

 

生きていることが楽しくて仕方がない。

 

明日が待ち遠しくて仕方がない。

 

そんな思いを持つ人が増えるだけで、将来に希望を持つ若者が増えると本気で信じているので。

 

そんな生き方を見せることができる、大人の一人になる。

 

これがぼくの目標の一つだったりもします。

 

めんどくさい質問に答えることができなくても、自分の選択に責任が取れる覚悟さえ持てば、ぼくらはいつだって自由になれる。

 

責任を果たすことって、結構かっこいいことだとぼくは思いますよ。

 

[amazonjs asin=”4902097540″ locale=”JP” title=”旅の終わり 始まりの場所へ”]

 

[amazonjs asin=”4861139260″ locale=”JP” title=”やる気のスイッチ! (Sanctuary books)”]

 

[amazonjs asin=”4413039580″ locale=”JP” title=”結局、「すぐやる人」がすべてを手に入れる”]

ぼくが大好きな国へ遊びに来ませんか?

ここまでお読みいただきましてありがとうございます。 ぼくの書いた記事やぼく自身に興味を持っていただけましたら、ぜひ一度ぼくが大好きな国カンボジアへ遊びに来ませんか? 前もってご連絡いただけましたら、あなたのカンボジア滞在が快適なものになるようにお手伝いいたします。

RECOMMEND



-LIFESTYLE

Copyright© ストライクゾーン|好きで生きる好きを伝える北川勇介のブログ , 2018 AllRights Reserved.