カンボジア在住リモートワーカーの日常VLOG

物乞いに足首を掴まれたときの素直な反応

世界の路上で物乞いをしている人やストリートチルドレンと呼ばれる子ども達と出くわした時、どんな行動をとるべきなのか?

答えの出ない問いを今日も勝手に自分に問いかけている北川勇介(@yusukeworld)です。

約半年ぶりの日本へのフライトを翌日に控え、夕食を食べに行こうと家を出てから店までの途中。

帰宅ラッシュで車やバイクが溢れる交差点。

ぼくも、他の道ゆく人たちと同じようにバイクにまたがりながら信号待ちをしていると、その角で子どもを抱えながら帽子をひっくり返して物乞いをしている人を見かけました。

別に今更な光景だし、特別びっくりするものでもなくなっていて。

特にその道は毎日通る道で、その人自身もぼくはほぼ毎日見かけているから、何とも思いもしませんでした。

交差している通りの信号が赤になって、こちらの通りが走り出す雰囲気になった頃。

ぼくの右足首に飛びついてくる何かがあって。

見ると、その彼に足首を掴まれて、もう片方の手はぼくの顔の方へ向けられていた。

驚きで声が出なくなるってこういうことか、って思った一瞬でもありました。幽遊白書の四次元屋敷で蔵馬に驚かされた海藤みたいな驚き方をしました。

いつもとちがう選択や決断を下す

いつもの通り道。

いつも通り、その角に腰を下ろして物乞いをする人。

いつも通りその前を通るぼく。

でも、今日は何かが違った。

だからかわからないけど、急にピンポイントで物乞いをされた。

後続車も走り出そうとしているし、ただでさえ道は混んでいたけど。

危ないとか、後ろの迷惑とかそんなこと感じる余裕もなくぼくはバイクを降りて、ポケットに手を突っ込んで出てきたクシャクシャの少額の紙幣を彼の帽子に入れた。

何でかわからないけど、たまたまポケットに入れっぱなしていた昼間の買い物のお釣りをそのまま。

彼の目は喜びなのか、泣いているのか、もっとくれなのか、わからないけど。

何だか潤んで見えた。

その選択と決断が、正しかったのか、もしくは間違っていたのか。

そんなことは誰にも計れることではなくて、ぼくにだってわからないけど。

いつもはしない選択と決断を、今日はほぼ無意識でしていた。

わかったふりして何もしない大人になりたくない

そんな場面に出くわしたら、皆さんはどうしますか?

何が正しいとか間違っているとかじゃなくて。

物乞いをしている人にお金をあげても意味ないとか。

一時的な施しはかえって残酷とか。

本質的な改善にはならないとか。

そんなわかった風なことばかり言っていても、その発言こそあんまり意味がないと思って。

今回はこんなことを言葉にしてみました。

何かをするって手段の一つ

そんなぼくも実際どうしていいのかわかっていません。

でも、自分の生活が誰かに虐げられることなく、自分の未来の選択を自分の意思で行う人が一人でも増えたらいいなって思うから、そんな社会の実現に貢献できる生き方・働き方をしたいです。

そしてそれは、カンボジアとか途上国とか呼ばれる国で暮らす人たちだけでもなくて。

日本にもいる、自分で選択できるはずなのにしない人たちにも気付いてほしいから。

声をあげて、その分動く。

外野から知ったかぶりして、腕組みしながら傍観しているだけの大人にはなりたくないから。

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Yusuke Kitagawa
カンボジアの農村部に建設した小学校を遠くからサポートしながら、楽しいカンボジア生活を文章、動画、写真にして暮らしています。