せっかく五体満足に生まれたわけなので意思と言葉は人を笑顔にするために使いたい

明るい花

こんにちは、北川勇介(@yusukeworld_)です。

頭は悪いけど、割と丈夫で自由の効く身体を与えてもらいました。

幸いなことに好きなことを妄想してニヤニヤしたり、思ったことを発言したり、行きたいところに行きやすいです。

これはせっかくの資本なので、人を笑顔にするために思考を使ったり言葉を紡ぎたい。

せっかく五体満足に生まれた

スーパーラッキーです。
これからもこの資本を大切にし、もっと有意義に使いたい。

思った通り体が動かせる

ついつい当たり前にしてしまいがちだけど、世の中には自分の身体を思うように動かせない人もいます。

走りたいのに走れなかったり、思っていることを言葉にできなかったり。

自由に動かしやすい身体に生まれたことは、ぼくにとってスーパーラッキーでした。

だったらこのスーパーラッキーな資本は、できるだけ周囲の人を笑顔にするために使いたい。

人は簡単に加害者になれる

ただし、自由に動かせると言うことは時に思わぬところで誰かを傷つけてしまうかもしれないリスクも孕んでいます。

学校の廊下を思い切り走っていたら角から出てきた人を突き飛ばしてしまうとか、心ない言葉を浴びせて心を病ませてしまったり。

自由が効くということは、それだけのリスクを孕んでいるということも自覚したい。

使い方を間違えないようにしたい

体だけでなく、道具を使うともっと傷つけられる範囲が広がりますね。

例えば、車の運転とかスマホとか。

自由で便利なことほど、注意を払わないと便利な道具は時として凶器に化ける。

どんな道具もその危険性を知っていることで、使い方は随分と変わり減らせるミスがあります。

「そんなはずじゃなかった」と言っても事実は消えないので、注意したい。

五体満足に生まれたこの体でもっと人のためになる意思や言葉を使いたい

自由に何かを考えたり、思ったことを言葉にできるこの資本を何のために使いますか?

ぼくは人のためになるように使いたい。

言葉はブーメラン

誰かが問題を起こすと、関係ない人までここぞとばかりに正義を振りかざす世の中ですね。

ぼくは興味がないのでやりません。

なぜ興味がないかと言うと、言葉はブーメランだからです。

自分だって注意して生きているつもりだけど、いつ気付かぬ間に加害者になってしまうかもわからない。

何か間違いを犯した時に、助けてくれる人が減りそうだから間違えてしまった人を叩いてもいいことないなあと思ってやりません。

努力を笑われた人

努力を笑われたら胸を張ろう

そもそも当事者同士の問題

あと問題は当事者同士の問題なので、他人がとやかくいうことでもないかなと思います。

Aさんの運転する車がBさんの車に激突したとして、BさんやBさんの家族が何か言うならともかく、ぼくがAさんに何かを言う必要性はほぼゼロ。

ぼくにできることは、自分ごとに捉えて「車を運転する時は注意しよう」と気持ちを引き締めることくらい。

過去の事例を引きずり出す必要もない

仮に過去嫌な思いをさせられた人が何かしでかしたとしても、わざわざネット便乗して「ぼくもこんなことされました」と言ったところで心に平安は訪れないのでやる必要はないですよね。

先程の例で言えば、Aさんの引き起こした事故が2回目だった場合。

前被害者のCさんが「実は私も以前事故に遭いました。Aさんは最低」とか言い出すパターン。

それは事実かもしれないけど、今は関係ないことを言う人も多いですね。

魚民の個室とかで飲み放題プランを2セットくらい飲みながら被害者の会でもしたらどうですかね?

誰にも聞こえないし、経済にも貢献できます。

まとめ

悪いことをした人を見つけると、人は簡単に心ない言葉を使えます。

悪いことをしたことに関しては責任を果たす必要があるけど、何言っても良いわけではない。

どんな人にも、せっかく声をかけるなら優しい声やその人のためになる言葉をかけたい。

それができないなら、あえて何も言わない方がいいのかもしれない。

少なくとも、あえて嫌なこと言う必要はない。