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海外ノマド生活の実際の様子を公開しながら今後の展望など

カンボジアと日本を行ったり来たりするようになって5年目を迎えました。海外ノマドとか言いながら拠点はほとんどカンボジアですが、実際の生活の用をさらけ出してみようと思います。海外ノマド生活したい人の参考になりましたら幸いです。

海外ノマド生活

カンボジアに来始めた始めた頃は、ノマドワークというより現地でやることがあったので最初の2年間は村人以外の誰にも会わずひっそりと生活をしていましたが最近は街に出て来ています。

生活拠点はゲストハウス

最近はシェムリアップの日本人宿といえば!!!のThe City Premium Guest Houseにおります。今年の3月に一度、一緒にしている勇太と家を借りて共同生活をしましたが、お互い日本への行き来などを考慮し現在は一時的に同居を解消し、別々で暮らしているわけですが、ぼくは以前からお世話になっていたゲストハウスに戻りました。

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食事は基本外食

ゲストハウス暮らしなので基本食事は外食です。安くておいしいローカル食堂、ピザやハンバーガーなどのジャンクフード、日本食、イタリアンにフレンチなどだいたい何でもそろう街なので色は困りません。食べたいものを食べる感じ。

あんまりニーズなさそうなこと言いますが、泊まっているシティゲストハウスの辛ラーメンは1ドル台で食べられるラーメンでぶっちぎりにおいしいと思う。

洗濯は状況に応じて

衣類の洗濯はだいたいゲストハウスでお願いをしています。1kg1USDなので安い。お客さん多くて混んでそうな時とか靴下やパンツだけの時はスクラバウォッシュ使います。便利。

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仕事はパソコン一台で

これ言いたいだけです。でもまぁ事実っちゃ事実なのでパソコンカタカタさせて仕事しています。早くブログだけで飯が食えるようになりたい。

海外ノマド生活の1日の様子

 

 

海外ノマド生活の今後の展望

こちらでの熱量が高まれば高まるほど、ゲストハウス暮らしの限界も考えてしまうわけで、居心地のいい場所だからこそ自分に甘くなったり、人に流されたりしてしまう気もするのです。

そのため、シェムリアップ市内でのオフィス兼住居を探しているわけですが、目をつけていた物件がおじゃんになってしまったので今少し考えを改めている最中です。

原点回帰の村生活案

もともとぼくがカンボジアへ来始めた頃、生活の拠点は村ベースで成り立っていました。

当時はSIMフリースマホなんて知らなかったので、村ベースで生活をしていると電気もガスも水道もなくて、情報から一切遮断された中での生活だったのです。

村の生活は健康的な生活で、夕方になれば水を浴び、18時には夕食を済ませ20時頃には消灯し、翌朝は日の出の頃に鳴き始める鶏の声を目覚まし時計代わりに1日が始まります。

早起きな分1日の始まりも早く、昼過ぎの一番暑い時間帯は高床式住居に吊るされたハンモックで昼寝をし、夕方までまた作業が続きます。

とても人間臭い効率的な生き方な気がしてなりません。

ネットを利用して仕事をするぼくも、学校を建設し始めた頃からはスマホに現地のSIMカードを挿入し、パソコンに接続して村でも作業ができるようになりました。

となると、村での生活に何の不自由もない気がします。

むしろ、都心から離れて現地ともっと向き合うことで、情報や人間関係をある程度コントロールし、今までの数年間とはまた違ったものの見方ができるようにもなるのかなとか考えています。バイクもあるので、必要があれば街まで出て来くることも可能です。

もともとこうやって村と寄り添い、理解を深めて来た時期があるからこそ、これこそがぼくの生活にあっているのかなってことも考えています。

シェムリアップ市内でアパート借りて一人暮らし説

もう一つの有力案はゲストハウスを卒業して、市内でアパートを借りて一人暮らし。こちらも悪くないと思うのですが、なんせシティゲストハウスが居心地よすぎるんですよね。ここに来るお客さんもみんな楽しいので後ろ髪勝手に引かれています。

ただゲストハウス生活にもメリット・デメリットがあるのでこのデメリットによってやりたいことが失速しそうだったら出た方がいい。

自分で借りたアパートの環境を整えて、楽しく快適に暮らすのも大いにあり。

ゲストハウス出るのは馴れ合いから距離を取るため

ぼくは最近、カンボジアに来ている目的だけは見失いたくないなって思っています。海外で生活をすること、事業をすること、それ自体には大した価値はありません。

「カンボジアで○○やっています」ってだけで、すごい人になりがちなことにとても違和感を感じます。

海外で働きたい

カンボジアが良さそう

やってみた

ってパターンがほとんどかもしれません。それで何か成功したとしても、ぼくはナンカ違う気がしてしまうんです。ぼくはぼくの生活が秀でたものとは1mmも思っていません。

ですが、やっていることへの誇りは持っています。

カンボジアで事業が起こせた!

ではなく、カンボジアで縁があった人たちと小さなことを生み出したことで、どれくらいカンボジアに貢献ができるか。

目の前の人たちの生活がどう変わっていくのか?

ぼくはそこを見ています。

結局のところ、旅人も在住者も、その国へのリスペクトがなかったら滞在させてもらっている気持ちを忘れたら、そこにいるべきではないのだと思います。

 

馴れ合いから距離を取る

いろいろ書きなぐってみましたが、とりあえずこっちでの生活が少ししんどく思えて来てしまったのが、本音です。

 

毎晩でも一緒に飲みたい仲間もいます。

年齢関係なく尊敬できる人もいます。

 

誰かと一緒にいる。

その「カンボジア 日本人」というくくりの中で生活をすることで、助けられたこと、学んだこと、いっぱいあります。

 

ですが、このままこの縁の中にいたら、何となく何かに安心をして、周囲に流されてしまいそうな気もしています。

「何しにカンボジアまで来たの?」

その答えに対して胸を張って答えられる生き方をもう少し探してみようかなって思っています。

 

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