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【学生時代のアルバイトで学んだこと】「働くこと」の意味も考えず世の中をナメていた若造

投稿日:2017年4月4日 更新日:

業界日本一のお店でのアルバイト体験

大学3〜4年生の2年間、ぼくは横浜市内のとあるガソリンスタンドでアルバイトをしていました。

 

バイト求人雑誌の中に近所のガソリンスタンドが二件出ていて、正直どっちでもよかった。

 

その頃気にしていたのって、勤務条件とか時給くらい。

 

できるだけ楽なシフトで、時給がいい。そんな場所を探していた。

 

二件のガソリンスタンドへ電話をして、一件目は電話がつながらず、二件目に繋がってすぐに面接に呼ばれた場所に縁があって、お世話になることになった。

 

電話が繋がって、すぐに面接に呼ばれて、「ラッキー!」くらいな感じで面接を受けに行った。

 

すぐに採用してもらい、最初の勤務日に顔を出す。

 

なんとそこは。

 

業界日本一の売り上げを誇る、超ゴリゴリのスタンドだった。

 

挨拶、掃除などの徹底ぶりはもちろんのこと、社員とかアルバイトとかそんなの関係なく、車内で決められた月の目標は絶対で、ただシフトの時間そこで作業していればいいわけではないという環境に後ずさりした。

 

理不尽なお怒りもそれはそれは多かった。

 

ギャップがお客さんの失望を生む

「アルバイトにそこまで求めないでよ」という本音ももちろんあった。

 

でも、お客さんを相手にしている以上、「社員ならここまでできて当たり前」「バイトはここまででよし」ってのは、ただの自己中心的な意見であり、お客さんからしたら、接客してくれた人が社員なのか、アルバイトなのかそんなことはどうでもいいこと。

 

もちろん難しい作業やお金の管理とか、そういう部分は社員にしか任せられないとしても、誰にでもできる作業をアルバイトがする、楽しそうな仕事、華やかな仕事を社員がする、というものでもなかった。

 

いつ来て、誰がいても、同じように満足いくサービスを施せる店。

 

それが当時から言われていたことでもあった。

 

「店長だったらここまでやてくれたのに、何でこの人だとやってくれないの?」

 

そう思わせた時点で、お客さんは失望する。

 

誰にでもできる地味なことを誰にもできないくらい続けること

社員、アルバイト関係なく全員が徹底して行うのが、現金会員カードの販売と告知用のチラシ配り。

 

これは絶対だった。

 

「チラシを渡す」「100円の会員カードを売る」ためには、何の知識もいらない。

 

バイトで入った初日からできること。

 

そのために必要なのがとびきりの笑顔と、最高の挨拶。

 

これだけだった。

 

でも当時のぼくは「そんなこと言って配らせたいだけだろ」って思いながら、どこか全員に与えられた仕事を斜めに見ていた部分があった。

 

そんなことよりタイヤ交換とかやってみたい。

洗車やってる方が楽だし、楽しい。

 

そうやって仕事を選ぶようになった。

 

ただ、洗車やタイヤ、オイルをお客さんに営業しようにも、気持ちのいい挨拶が笑顔でできなかったら、頼みたいものも頼んでくれない。

 

挨拶もできないような奴に、大きな仕事が入ってくることなんてありえなかった。

 

地味だからこそ楽しみを創る

チラシを配る、会員カードを売るってとっても地味な作業の繰り返し。

 

だからもちろんつまらなくもなるし、飽きたり、意味ないとか言い出しがちだった。

 

そんなネガティブな感情が入ると、誰にでもできることすら、続けるのが難しくもなる。

 

だけどやらなくてはいけないその作業の中に、ちょっとした楽しみを生み出すことができると、作業の質は高まってくる。

 

ぼくの場合はそれがお客さんとの会話だった。

 

「お得な情報乗ってまーす、チラシどうぞ!」

って言ったって、いらないって言われて話しかけるのも嫌になるのなら、会話を楽しもうと思った。

 

「これから家族でお出かけですか?いいな〜」

「お仕事お疲れ様です!最近おそいっすね〜」

「車かっこいいですね〜ぼくも就職したらこれ乗りたいって思ってるんですよ〜」

 

そんな感じで話しながら、一回チラシを配ることを忘れてみた。(いけないことかもしれないけど)

 

すると、たまたまも重なってか

「それ何持ってるの?」

「最近車洗ってないな〜」

「ちょっと点検してくれない?調子悪くて」

 

と思わぬ反応が返ってくることが多くなった。

 

もちろんそんなこと計算外だったし、そのつもりもなかった。

 

だけど会話を楽しんだら、急にお客さんとの距離が縮まって、車に関して抱えている悩みとかを打ち出してくれるようになった。

 

そこまでいかなくても帰り際に「あ、これ来月のお知らせです〜」っていうだけでチラシをもらってくれる人が増えたり、「今忙しから明日またくるわ!車洗って」と頼んでくれたり、何だか知らないうちに仕事が好転するようになった。

 

働く基礎を学んだ場所

振り返ると、バイト先がきつく感じたのは、それだけぼくが「働くこと」をナメていたからなのだと思う。

 

社員だろうが、アルバイトだろうが、お金をもらうってどういうことかも考えずに。

 

1円でも発生したら、責任が付いて回るのに、なるべくちいさな責任で、たくさんお金をもらえる仕事ばかり探そうとしていた。

 

そんなことありえないのに。

 

安いから責任がないわけでもないけど、金額が増えたらそれだけ責任が増えることもある。

 

そんなこともわからず、見た目が楽しそう、華やかそう、かっこいい仕事ばかりに目が行って、大切なことをおろそかにしないまま卒業させてもらえた環境には感謝しかない。

 

バイトに行くことが苦痛なこともあったし、今でもたまに当時のようにチラシを配っている夢は見る。

 

でもあの時の経験がなかったら、今でもぼくは「きつい」「しんどい」「だるい」「意味わからん」「めんどくさい」と目先のことだけで判断をして、作業を選んで都合のいいことしかせず、逃げ続けた人生だったかもしれない。

 

あの時味わった達成感が仕事をする楽しさを知るきっかけにもなったし、あの時の苦しかったことがあるから、今は大抵のことがしんどいと思わなくなった。

 

そしてお店としても、誰にでもできることを他のお店が真似できないくらい徹底したから、業界日本一という少し華やかな結果までたどり着けたのだとも思う。

 

アルバイトからしたら、お店の売り上げがどうでもいいとか、気にならない人も多いと思う。

 

だけど、その積み重ねた数字は、会社のエゴでなく、お客さんを満足させた一つの数字だと思ったら、自分がやって来たことが間違っていなかったかもっていう小さな自身にもなる。

 

日本一になったからぼくの時給が上がったのかと言われたらそれは違った。

 

ただ日本一を目指して、スタッフみんなでできることを積み上げて行く過程で、知らない間にぼくの時給は900円が1700円になっていた。

 

「日本一になったから」ではなく「日本一を本気で目指したから」、時給というわかりやすい数字の一つが大きくなっただけのこと。

 

時給上げるためにやっていたら、振り向いてくれたお客さんはもっと少なかったと思う。

 

お客さんを満足させた結果、得られた給料をぼくは胸を張って受け取れたし、その後の卒業旅行で胸を張って使い切った。

 

あの時のスタッフを超えているか

当時20〜22歳だったぼくを育ててくれた社員のみなさんは当時28〜32歳。

 

今のぼくの年齢くらい。

 

今のぼくは、あの頃のスタッフを超えられているのかなとたまに思ったりもする。

 

どうしたら超えたって明確なものでもないし、比べるものでないのだろうけど。

 

だけど、一つ言えるとしたら、胸張って会いに来れることは大事かもしれないなって思った。

 

ぼくは超怖かった当時のマネージャーに会うのに、卒業から7年かかった。笑

 

会うのは緊張するし、酔っぱらえないけど、今自分が何に夢中になっているのか、これからどうしていくのか。

 

その軸となる「働くことの基礎」は、『間違いなくそこで働かせてもらったからです』ってことを、当時の楽しかったこと、ふざけてたこと、気に入らなかったことなんかを交えて楽しく話ができたら、十分アルバイトさせてもらったことで高まった自分を見せることができるんだろうなって感じる。

 

そんなぼくのアルバイト回想録。

 

 

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