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例え準備不足だとしても時が来たと感じたら迷わず行け

投稿日:2017年3月31日 更新日:

「英語なんて話せなくたっていい!日本人だから!」

「海外旅行?興味ないし。」

 

学生時代、そんなことを言っていたぼく。

(バカンスとはこういうこと、をとことん味わったグアム)

 

今は海外で英語を使って仕事をし、契約し、海外フリーランスブログなんて書いちゃってます。

 

使わないって言った言葉で仕事をし、興味ないって言って海外での体験したことでブログを書く。

 

人生って本当どこでどうなるかわからないものです。

 

学生の時「もっと英語の勉強しておけば良かった〜」って何度思ったことか。

 

この仕事を始めた時から、英語が話せたら余分な苦労はなかったかもしれません。

 

だけど、「海外へ飛び出すため」に英語を勉強することから始めなくて本当に良かったと今は思っています。

 

そしたら多分、今も海外には飛び出していないから。

 

英語が話せたとしても海外に出れるとは限らない。

 

だけど、海外で生きていれば英語は話せるようになる。

 

海外へ出たいのに「英語が話せないから、話せるようになったら・・・」と思うのであれば、今もう飛び出したほうがいい。

 

準備は大切かもしれないけど、先の見えない備えばかりしていられるほど、人生は長くないし、チャンスは待ってくれない。

 

今日はそんなお話。





準備不足だとしても社会は待ってくれない

自己実現のために、明確な目標を向かって努力をする、ということをぼくは主に野球を通じて学んで来た。

 

例えば、わかりやすく甲子園出場という目標があれば、その目標のために自分(達)には何が足りなくて、何をするべきなのか、残りの期間から逆算をして必要な要素を埋められるように練習をしレベルを高めていく。

 

ただ、甲子園出場のためには地方大会があり、その期間は全体で定められていて、どれだけ準備不足だとしても、時期がきてしまえば大会は待ってくれない。

 

大学入試や就職試験などもそうで、試験日や面接の日は決まっている。

 

大会も試験も面接も、その日が来たらやるしかないし、その日の100%を出し切るしかない。

 

自分の人生設計は自分で期限が決められる

ただ、世の中には別に期限が決まっていないものがある。

 

それが、個人的に定めるライフプラン。

 

人生設計とも言われるもの。

 

例えば大学を卒業して就職し、5年勤めたら転職するとか、独立するとか、仕事を辞めて旅に出るとか。

 

期間とか次の目的はそれぞれ異なるかもしれないけど、それはいつまでにどんなことをするのか、何がしたいのか、自分で決めることができる。

 

最近は、学校を卒業してすぐに就職することが当たり前ではなくなって来ている風潮にあるし、休学して旅に出るのか、留学するのか、ワーホリに行くのか、それともただただニートになるのかも自分次第で自由に人生を設計することができる。

 

ただ、そこに付きまとう課題として「生活をすること」、が必ずと言っていいほど付随している。

 

それまで貯金をして、そのお金で生活をする人もいるし、自分でお金を生み出そうという計画の人もいる。

 

それはそれぞれの手段であって、どれも間違ってはいない。

 

世界一周旅人などを見ると、その多くはそれまで出発日を決めて貯金をし、そのお金で自分の生きたい国や地域で自由に過ごしている人が多いように感じる。

 

そのような手段を選んだ時、出発の期日を決めるのも、必要なお金を用意するのも全て自分の裁量で決めることになる。当たり前のことだけれども。

 

先延ばしにしたら必ず足りないものは埋まるのか?

例えば4月1日に出発しようと思っていても、諸手続きが間に合わないという理由で先延ばしにする人もいれば、目標としていた予算を貯めることができなくて延期する人もいるかもしれない。

 

勉強していた語学が納得いくレベルまで習得できず、自信が持てない人もいるかもしれない。

 

だけど、ぼくは思う。

 

例え、準備が間に合わなかったとしても、自分と約束した期日を迎えたら、もしくは今だ!っていうタイミングが来たら、飛び出してしまった方がいいと。

 

それは先延ばしにするなってことだけでなく、目標としていた時期よりも早く動けるなら、尚更動くべきだということ。

 

「その時」ってのは本人にしかわからない。

 

目標よりお金がたまらなくても、尽きるまで行ってみたらいい。

 

生活の仕方を考えれば出費は予定より抑えられるかもしれないし、知恵と工夫があればお金を生み出すことができるかもしれない。

 

最初こそ語学力がなくてしんどい思いをするかもしれないけど、そのしんどい思いが主体的な行動に繋がって学びの質が高まるかもしれない。

 

納得のいくところまで先延ばしにしたら、確かに身についたりお金が貯まったりするかもしれない。

 

でも、その分貯まらないし身につかないかもしれない。

 

準備万端にしたつもりだって、きっと何かが足りないし、余分なものはある。

 

それが人生なのだと思う。

 

時期がきたら行けるとこまで行ってみろ

昔、いただいたアドバイスに「山に登りたいと思ったら登れるまで登ってみたらいい。ただ足りないものがあったらいつでも戻ってこい」

と言われたことがあった。

 

登り切る体力がなかった。

登り切るために必要な装備がなかった。

 

「そう思ったら一回無事に降りて来て、次のチャンスを狙え」と。

 

登頂していなくても、一回登ってみたっていう経験が次の準備をもっといいものにする。

 

でも、最初からみんな登頂を目指すし、そのための準備をしたがる。

 

もちろんぼくもそう考えていた時期がある。

 

「自分なり」の準備が整っても、山は悪天候かもしれない。

 

もっと違う外的要因が絡んで、チャレンジすらできないかもしれない。

 

「そうやって機会を逃すなら、例え準備不足だとしても、その時だと思ったらいけ!」

 

仕事を無計画に辞めて、こんな生き方になった時にもらった言葉をふと思い返す。

 

人生はそこまで長くもないし、暇でもない

「自分なりの全部」が揃うまで待っていたら、それが揃う前にこの人生が終わってしまうかもしれない。

 

だったら今の自分で行けるとこまで行ってみる。

 

そうやってトライアンドエラーで挑んでいくことで、新しい発見があるかもしれない。

 

もちろん準備不足の分の苦労もあるかもしれないし、予想外のハッピーが舞い込んでくるかもしれない。

 

そんなのわからないから人生は楽しい。

 

できなかったらダサい?

 

それよりやらない理由並べて動かない方が、ぼくは自分がダサいと思う。

 

胸張って言えることじゃないけど、ぼくはいつだって準備不足。

 

感覚を研ぎ澄ませて、その感覚だけを頼りに、どこまで行けるか手探りで進んでいく。

 

やばいと思うところギリギリまで。

 

どうやってやるの?

 

そんなのいつだって「わからない、でもやってみる」。

 

そうやって乗り切って来れた過去の自分を、もう一度信じてみる。

 

 

不安だった生活費を生み出すことも、海外で働くのに必要な英語力も、やりながら何とかなってきたし、なんとかしている今もなお勉強中。

 

足りないものはずっと埋まらないかもしれないけど、それでも始めてしまえば本当に必要だと思う方へ体は動くから。

 

いろいろ言ったけど、要は目の前のことから目を逸らさないでやっていく。

 

本当それだけなんだと思う。

 

英語が話せなかったぼくが唯一買ったテキストはこれ!

▼日常によくあるシチュエーションを想定して「あ〜これ言いたかった!」を教えてくれるおすすめの一冊です。

 

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