元高校教師がカンボジアに小学校建ててライターとカフェやってます

使える言葉の数は多いに越したことがないよね

こんにちは、カンボジア在住の北川勇介(@yusukeworld_)です。

「写真はタイだね」って気づいた人いたらさすがです。

 

さて今回は、海外で働いている人(特にノマド系)の間でちょこちょこ話題になるのが「英語(外国語)は話せた方がいいのか?」問題。

ゆーすけ

そんなの話せた方がいいに決まってんじゃん

で終わってしまうので、今日はぼくが考える「言葉の数」についてまとめてみました。

英語が話せた方がいい、みたいな外国語に注目した話だけではなく、単純に自分が使いこなせる言葉の数についてです。

 

使える言葉の数が多い方がいい理由

まず英語などの外国語が話せない人も考えてみてほしいのですが、ぼくらが使える言葉の数ってどのくらいあるのでしょうか?

1000?5000?10000?と、数はぶっちゃけどうでもよくて、大切なのは自分が考えていることや心の中にあることを「わかりやすく言葉にできるか?」ということです。

 

最近は、SHOWROOM社長の前田さんの本が話題になっていますが、その本の中で前田さんが言っている言語化する能力ってのが、ぼくも大切な能力だなと感じています。

 

人に伝えたいのにうまく表現できない、熱意を持って話したのにわかってもらえない、こう言った経験はありませんか?

このような状態こそ、言語化できていない状態なので、使える言葉の数が多い方がいいって理由はわかると思います。

 

使える外国語の数が多いほうがいい理由

次に少し話を広げて外国語が話せた方がいい理由としては、集められる情報量に圧倒的な差が出るからです。

 

インターネットに限った話ですが、日本語での情報は全世界のたった5%。

それに対して英語は27.3%。

参考記事はhttp://h-english.com/english-benefit/

 

英語が理解できるということは、自分が触れる情報にも差が出ます。

こうなると

ゆーすけ

俺、別に海外旅行とか興味ないし

ゆーすけ

日本で暮らすから外国人と話すことないし

ゆーすけ

だから英語できなくても困らないし

という単にコミュニケーションとしてのツールで捉えていた20歳頃のぼくのような考え方をしていると、いろんな意味で痛い目を見るということがわかりますね。

 

英語が読めたから知れることが増える。

知れることが増えたから選択肢も増える。

知れることが増えたからお得なサービスを受ける機会も増える。

知れることが増えたから大切な人を守れることも増える。

 

コミュニケーションとしての外国語は確かに話せなくても苦労しないって人もいるかもしれませんが、結局この現代の世の中で生き残っていくことを考えると避けては通れないですよね。

 

総合的に使える言葉の数を増やしていくのみ

例えば、今ぼくはこうして日本語でブログを書いています。

それが全世界の5%にしか向けられていなくてもいいけど、少なくともこの文章を読んでくれる人に理解してもらいやすい文章を書けた方が言い訳です。

 

あえていう必要ないですが、ここでいう「理解してもらえる文章」とは、単純な読みやすさのことです。

ゆーすけ

俺という人間を知れ!

って意味ではないです。

 

だからまず、母国語が日本語なので、できるだけいろんな日本語の表現が使えた方が理解してもらえるものの書き方や話し方にもつながります。

 

そして、今のぼくのライフスタイルは海外(カンボジア)で暮らしています。

だからやっぱり英語とカンボジアの母国語のクメール語はどうしても必要になります。

ゆーすけ

私ごとで恐縮ですが、英語圏以外にも旅をしたいので今年はスペイン語にも挑戦します

で、これも日本語と同じで、語学にゴールはない訳です。

センター試験みたいに3000単語覚えたらどうのうこうのうって話ではないのです。

 

よりわかりやすいとか、誤解がないとか、ニュアンスが異ならないとか。

日本語とか外国語関係なくそうやって表現を豊かにしていくことの積み重ねなので、とにかく日々使える言葉の数を増やして実際に使ってみることで昨日よりも表現豊かな自分になれます。

 

使える言葉が多いとお互いにとっていい

話がコミュニケーションとしての言葉に偏り気味ですが、もうちょい続けます。

 

カンボジアで知り合った友人に、ハワイ出身でカンボジアで英語を教えている人がいます。

彼女の英語は抜群にシンプルでわかりやすくて、自分のリスニング力が高まったのか?と誤解するほどの言葉遣いです。

 

もちろん発音などその他の問題もあるでしょうが、使える言葉の数と使い方が違うだけで、相手に理解してもらいやすくなります。

 

対カンボジア人で仕事をしていると、

  • お互い曖昧な英語で会話する
  • 日本語が話せるカンボジア人と会話をする
  • クメール語を使ってなんとか会話をする

といういずれかのコミュニケーション方法が主になります。

これだとやはり深い話ができず、言ったことと違う結果を招きやすいのが現状です。

 

どっちも悪くないけど、思ったこと伝わらないってのは一緒に働く双方にとって良くないので、使える言葉の数が多いってのはやはり大切ですね。

 

まとめ

使える言葉が増えるとコミュニケーションも円滑になるし、集められる情報の量にも差が出ます。

 

ぼくは最近、クメール語を読む力が少し高まって、看板やメニュー表などから集められる情報が増えました。

あと、村の人たちが「ユスケと話したいことがあるけど日本語話せないから難しい…」って言っていたので、ぼくがもっとクメール語覚えて、会話の質が高まれば、村でのアクションの質ももっと高まっていくので頑張ります。

 

外国語は話せた方がいいですか?

外国語話せなくても大丈夫ですか?

 

そんなこと気にしていないで、昨日の自分より話せる自分に今日なっていれば問題ないです。

少し乱暴な言い方ですが、言葉の数だけ人生は豊かになると信じているので。

 

ちなみに、外国語習得のためのテキストは何冊も買ってもどうせやらないので、自分が決めた一冊を繰り返しやる方法がおすすめ。

ぼくの場合、英語はこれ。

 

クメール語はこれ。

 

そんな感じで。

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