カンボジアに建設した小学校「みらいスクール」の2年目のシーズンが終わりました。2016年11月に開校したみらいスクールもこれからは3年目のシーズンになります。本当にあっという間です。
カンボジアに小学校を建設したら
離れられなくなりますよ?
ぼくがカンボジアに小学校を建設するなんて言い始めたのは、2013年のことでした。
高校教師の仕事を無計画に仕事を辞めて、単身カンボジアに乗り込んできてから、いろんな出逢いや縁が絡んでこのような決断になりました。
「カンボジアに小学校建てるために来たのですか?」
よく聞かれますが、違います。
最初はそんなつもりなんてなかったし、本当に何の意味があったかもわからない程度の「日本語と英語を教える」というボランティアに何となく参加してみただけでした。
でも、実際に参加したボランティア活動で「一体いつまで同じことやるのだろう?」と感じさせられたのです。
そんな折に出会った一つの小さな村。
それこそがロンデン村であり、ぼくにとってこれほどに大切な場所になるなんて当時は思いもしなかった村。
小学校を建てたら、あとはたまに様子を見に来て、困ったことがあれば力になる。
その程度かなって思っていました。
でも、結局ぼくは帰りたくなくてカンボジアにいます。
カンボジアに小学校を建設しても残る理由
「建設したらもう国のものだし、運営も国がやってくれるんでしょ?それでも残らなきゃいけない理由ってなんですか?」
これもよく聞かれます。
別にぼくがやらなくてはいけないことはないかもしれません。
そして、ぼくにはやれないことが山ほどあります。
でも、ぼくがやれば少しでも変えられる現実がそこにあるからです。
誰にお願いされたわけでもなく、今もぼくは自分の意思でここにいます。
いなくてはいけない、のではなく、ただ自分が離れたくないだけ、なのだということです。
「何のため?」かは正直そんなのよくわかりません。
でも、そんなのなくても自分の心が望む生き方をすることが、一番幸せなのだということです。
周囲に納得してもらう理由も、それらしい動機も、採用されるための言葉選びもいりません。
自分が思った生き方をしていくこと。
それが今できているぼくは、すごく幸せです。
まとめ
もう3年目を迎えるかと思うと、おじさんは勝手にしみじみしています。
「ユスケの隣にすわる〜」「ユスケ!だっこ!」って言ってくる子たちも、そのうちちょっと生意気になって、反抗するようになったりもするのかな。とか。
この日は、学校の先生や村のお母さんたちに呼ばれて、一緒にご飯を食べてきました。
メインは豚肉、エビなど子ども達が大好きなものばかり。
調理は全て先生がやってくれました。抜群の味付けと手際の良さです。
こうやってみんなでご飯を食べられることも当たり前ではなくて、いろんな人の協力があってこそなんです。
去年は本当にこの時期、笑えなかったから。
なんだか、すごい個人的で感情的な記事になってしまいましたが、ここまでお読みいただいた方、本当にありがとうございます。
好き勝手生きることは誰でもできるかもしれないけど、自分が大切だと思う場所を守るために、たくさんの方が手を差し伸べてくれているからこそ、ぼくのこの生き方は続きます。
本当にいつもありがとうございます。
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