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【教育論】なんでいじめは起きるのか?→夢中になれるものがない暇な人ほど誰かを傷つけて優越感に浸りたいだけ

投稿日:2016年9月20日 更新日:

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この間Twitter上で気になるものを見てしまったので、居ても立っても居られなくなり、記事にしてしまえってことで書いています。

 

(追記)このアカウントは凍結されていました。

今回の記事のテーマはくそまじめに「いじめ」について書いています。

 

今後は教師という立場ではなくとも、教育分野に踏み込んで行こうと思っているぼくにとっては避けては通れないテーマです。





自身の体験から感じること

ぼくは中学生の頃、いじめ?というか嫌がらせ?というか、同じ学校の人達から集団で嫌なことをされた経験があります。

 

一度ストレスで円形脱毛症になったこともありますが、野球をやっていて坊主だったので、その目立ち方と言えばそれはもう、思春期の少年がさらに敏感になってしまうほど恥ずかしいものでした。

 

そして、その「ハゲネタ」でいじりは激しくなったわけですが、ある日ぼくは悟ったのです。

無駄だと。

 

「ハゲてる前から嫌なことをされ、ハゲたってまたそれを言われて・・・ってことはもうハゲてても何でもいいや。どうせ言われるなら、相手にするのも意味ないや。」

と変な開き直りが起きました。

 

いじめに対して逆らったって、ためらったって、逃げたって、ハゲたって何か言われるなら、そこに労力を使うことすら馬鹿らしいと思ったんです。

いじめられているこの状況を何とかしようと思うより、他にするべきことがあると。

 

大人になって気づく「いじめは学校の中で起きること」として捉える謎

いじめ問題ってよく学校を中心に取り上げられることがありますが、社会の中の方がよっぽど溢れていると思います。

むしろ学校にスポット当てっているだけ。

学校って枠組みを外れたって、そこに何らかの集団が存在すれば、必ずと言っていいほど嫌な思いをしている人たちがいます。

 

例えばママ友の中でやけにボスヅラしてる人。

例えば会社の同僚の中にいる変にいきがっている人も。

例えば趣味で通っている習い事のメンバーの中にだって。

思ったことを呟いただけで炎上してしまうネットの世界だってあります。

 

そう思うと、学校の中でのいじめ問題だけを取り上げてニュースにするのってどうかなって思ったりもします。

 

だって、この世の中、はみ出したり、突き出たりしようとすれば叩かれる風潮にあるわけで。

少数派より多数派の方が偉くなってしまったり、前例がないことは否定されたり、夢みることへの制限が多すぎると思うんです。

 

人や常識と違ったことをしようとしたらバッシングを受ける。

これが社会の現実です。

 

そして学校とは社会の縮図です。

実社会がこんなにも人の人権やら権利や主張をボロボロにするのに、学校現場からだけいじめをなくすことなんてできますか?

 

集団生活の大事さは、ぼくも身をもって知っています。

ですが、まずは「個」があるわけで、その集合体が集団になるので、当然の集団の中には「個体差」が出ます。

 

それが価値観であったり、能力であったり、体型であったり。

 

その個体差は自分で選ぶことができないからこそ、受け入れなくてはいけないことだし、時にそれは集団生活の中で支え合いや補い合うことで満たされたり、育まれたりしているわけです。

 

人を責める前に予防策

いじめられている人にも、いじめている人にも親がいます。

そしてその親が、その事実が発覚した時に思うのは共通しています。

「よりによってうちの子が」ということです。

 

そしてその責任を転嫁するように、誰かに原因を求め始めます。

「先生、どうして気づかなかったんですか?」と。

 

そんなとこで学校の先生責めたって仕方がないのに。

その場はおさまったとしても、原因は何も解決しちゃいない。

 

そしてもっと言うと「私たち親には教えられないから先生お願いします」って自分の指導力のなさをさらけ出しているのと同じだと僕は思う。

 

人を責める前に予防策を講じなくてはいけないし、どうやってぼくら大人が子どもに教えていくのか、だということです。

 

人は自分を守りたい生き物だから

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「人に嫌な思いをさせるのはやめましょう」っていう言葉でいじめがなくなるなら、この世から紛争も略奪もなくなっていますよ。

 

そんな効果のないことをいうよりも、もっと反応しやすい言葉が僕はあると思っています。

 

人は自分を守りたい生き物だから、自分がどう見られているかが気になります。

 

だから「だせー」「かっこわるい」「きもい」(言葉遣いがいいかは別として)と思われることはしたくないと思う人がほとんどです。

 

いじめることが何でダメかって言ったら、「そんなことしているほど人生は長くないし、暇じゃない」というのがぼくの回答です。

 

そんなことに時間を使う前に、やるべきことはたくさんあって、そんなことに熱中していること自体人生損していると思います。

 

そして「そんなこと」に時間を使っている人が増えたら増えただけ社会全体の損失だとも。

 

責任を取ることのかっこよさを大人が体現したらいい

よわいものいじめをすることがカッコ悪いこと。

人を傷つけることに時間を使っていることがダサいこと。

 

「本当にかっこいいことは何か?」を大人が姿で見せていくことで防げることっていっぱいあると思うんです。

 

そして人は「ダメ」と言われると、ますますその先を見たくなってしまう性分でもあります。

 

押し付けたり禁止したりすんじゃなくて、かっこいい姿を見せ続けることができれば、それが社会の中に溢れてきたら、縮図の中の学校はもっと変わるのだと思います。

 

影で悪口?裏サイト?集団で弱いものいじめ?

本当ダッセーよ。

 

何がだせーってそんなことして自分の時間使っていることがだせー。

 

そんなことに時間割きながらでも、自分のやりたいことやれるなら、ぼくはとっくに成功者って呼ばれてる。

 

本気です、人生かけてます、夢がありますって言いながら人の目気にしたり、嫌な思いさせてみたり、そんなことに労力使って、何が人生かけてます!だよ。

本気の人はブレない。

 

ぼくだって、生きていれば腹たつことあるし、気にくわない人だって出る。

 

だけど、そんな人に構っていたって時間の浪費だし、何も生まれないから。

 

そして、そんな人相手にしているほど、暇じゃないんです。

 

自分に時間使い続けた人と、人が嫌がることに時間使い続けた人の差が簡単に埋まるほど人生甘くないからね。

 

いじめっ子も、いじめられっ子ももっと自分の人生大事にしんさい。

 

ぼくも含めて、みんなもっともっとやるべきことがある。

 

何のためにって幸せになるために、だよ。

 

社会の中で、夢を追う人が叩かれないような世の中を作ったら、ほんの少しでも世界は明るくなるからね。

 

そんな感じで。

 

これをもっとわかりやすく伝えられる大人になりたいな。

 

まとめ

最後にもう一つだけ。

もし今、実際に嫌な思いを日常的に味わっている人がいたら読んでほしい。

 

あなたに何か因縁つけたり、ケチつけたり、バカにしたり、からかったりしている人がいたら「暇なんだな、この人」って思うといいよ。

他に熱中できるものないから、夢中になれるものがないから、挑戦したい目標がないから、超暇だから誰かに何かを言いたくて仕方がないだけなんだ。

 

自分のエネルギーの向かう先がないから、誰かを傷つけることで優勢に立てた気になっている寂しい人なんだよ。

 

だから、そんなこと気にならなくなるくらい、あなたは何か夢中になれることに没頭してごらん。

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