元高校教師がカンボジアに小学校建ててライターとカフェやってます

半年間の海外生活が終わった時のこと【日本ってどうよ?】

去る3月19日、ここ数年の人生の軸にのようになっていたメインイベント、カンボジアでの小学校建設を終えて無事日本へ帰国しました。

[st-kaiwa1]ご協力いただきましたみなさん、本当にありがとうございました![/st-kaiwa1]

 

たった半年間でしたが、人生初の海外暮らし。

それが終わった今、すごく戸惑ってます。

 

海外で暮らしてた人って帰国したら何するの?

 

気づいたら、帰国してから一週間が経とうとしているので、海外生活から帰国した「なう」のリアルな気持ちを書きます。

半年ぶりの日本を感じる

まさに帰国してすぐのこと

帰国便は、中国・上海を経由して名古屋の中部国際空港(セントレア)へ。

 

到着してすぐ、セントレア内にある温泉で5ヶ月ぶりの「お湯に浸かる」という極楽を味わいました。

ピンクの頭がお湯に浮いていて、さぞびっくりしたでしょうね。

同じタイミングで風の湯にいた人、ごめん。

お風呂から上がったら併設している風々茶屋で、世界で一番一番好きな飲み物「キリン一番搾り」を流し込み、愛知県と言えばの土手煮でお腹を満たしました。

ご飯おいしい。ビールが濃い。

 

帰国して気づいたこと

目の前にいる人全員、今服買ってお店で着替えました?

視界に入る人全員、服がきれい。なんで?

今お店で買ったばっかですか?買ってそのまま着て出ちゃった感じですか?

 

それくらいみんなきれいにしてる。

穴の空いたTシャツ着て、ちぎれそうなサンダル履いてる人はここには一人もいない。

 

携帯電話のキャリアが使えなくなっている

空港までは大学時代の友人でもあり、カンボジアまで学校建設を手伝いに来てくれた将太(@shotayamagiwa)が車で迎えに来てくれました。

(荷物持ってくれる。優しい。)

 

でしたが、到着したことを知らせようにもなぜかスマホが使えなくて、なかなか合流できずに戸惑いました。

言葉の通じる国で電波が通じない・・・。

 

後日わかったことですが、日本を離れている間に母親にauに提出するように頼んでおいた書類の件。

基本使用料を一番安いものに変更するはずが、母親は何を間違ったのか「解約手続き」をしたようです。

 

北川勇介は日本の電話番号を失った。

 

(追記)

現在は、格安SIMOCN モバイル ONEに切り替えているので、日本の電話番号もあります。

月額1,700円くらい。もう高すぎるキャリアには戻れないですね。

 

日本は寒い

「暖冬」だとか「春が来た」とか言う希望の光が、海の向こうにも情報として届いていましたが…嘘つけ!!

 

日本めっちゃ寒いです。

10月から今年の3月まで日本の冬から逃げ、花粉症から逃げ。

 

毎日40度近い気温の中で、土木作業をやり抜いたぼくの全身の毛穴は全開で、寒さセンサーが超敏感になっている模様です。

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将太たちと食べに行った中華料理屋さんで、将太が汗垂れ流しながら麻婆豆腐をほうばる横で、ぼくは震えが止まりませんでした。

白湯をがぶ飲みしたよ。

 

日本はすごく指示が多い

電車一本乗るにも「黄色い線の内側でお待ちください」「二列でお並びください」「降りましたら電車から離れて歩いてください」

なんなの。言わないとわからんの?

 

みんな列を乱さず、白線の内側で二列に並んで待っているんだけど、聞いてるの聞いてないの?

これってマナーいいの?それとも考えることしないで指示待ってるだけなんじゃないの?

 

電車乗るだけで、勝手にいろんな思考が働いてしまう。

 

ぼくは日本へ帰ってきた。みんなはどこへ行く?

みんなすごい早足でどこかへ急いでいる。

電車は時間通りくる。

トイレの床は濡れてないし備え付けの紙がいっぱいある。

肩ぶつかったらすげえ形相されるか無反応か極端。

SUICAのチャージが足りなくて「ピンポーン」って流れを見だすと後ろの人が「チッ」って言う。

コンビニの店員さん何でもかんでも温めようとする。

コンビニの前で座り込めない。

タバコ吸えるとこ少ない。

喫煙所の広さと喫煙者の数があってなくて結局はみ出してる。

みんなギュウギュウでタバコ吸う。

空き缶を灰皿にして喫煙所の床に置いていく。

でもポイ捨てはできない。

飯食う場所も割とギュウギュウ。

大きい荷物持っている人、重たい荷物持っている人に優しくない。

 

まとめ

「やっぱもっと海外へ出るべきだよ〜」

なんて薄っぺらいこと言う気はゼロです。

 

出たければ出ればいいし、出たくないなら出なくていい。

 

でも、ほんのちょっと暮らす場所と接する人が変わるだけで、もともと住んでいた場所の当たり前は全然当たり前じゃないことに気づく。

もはや異常だと感じることもあるくらい。

だからこそ比較をしても仕方がないことだから、日本と海外を比べて言及する必要もない。

 

それっぽく言えば「異文化」に身を置いて生活をするという体験を通じて、ぼくには選択肢が増えた。

そして、「みんなと一緒」を良しとする日本での生活で鈍っていた「自分はどう感じるか?どう考えているか?」を言葉にする力がついたからこそ、自分はどうするのか、どうしたいのか。

 

住む場所とか、職業は未定。

だけど、ぼくはもう組織に属して働くことはしない。バイトもしない。

 

好きな時に好きな場所へ行きたいから。

これが一番の願いなので、実現できる方法を模索していきます。

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