2016年に開校したカンボジアのみらいスクール。今年も毎年10月恒例の周年祭をやってきました。今年は6周年。カンボジアの入国規制もなくなったことで、BBQをやりましょうと呼びかけたところ、このために日本から飛んできてくれた人が一名おりました。おかげで楽しい日になりました。
みらいスクール6周年BBQやってきた
ということで今回のイベントの様子です。
準備(買い出し等)
買い物は基本的に前日にオールドマーケットにて。今年はお米もこちらで準備。
カンボジアはもうすぐお米の美味しい季節になります。今回は「新米」と書かれたお米があったのでこちらをチョイス。東南アジアのお米って特徴的な香りがするのですが、これは普通においしかったです。
みんな大好きエビ。買いすぎたかなってくらい買ったけど、すぐに食べきってしまっていた。
鶏肉。
市場のおばちゃんがこんな感じで毎日捌いてくれています。9月末までやっていた彼女のお店の鶏肉もここで仕入れていました。
こちらも彼女のお店で人気のあったスコーンを用意してくれました。
一口サイズでかわいい。個人的には抹茶味が好きですが、見たことないものを怖がる風潮にある村の子たちにはチョコの方が人気でした。
当日
当日の朝。プサー・プオで水やジュースを調達するだけだって言っているのに食堂に座って朝ご飯を食べ始める人たち。
シティゲストハウスのニャンさんと妹のトゥーイも手伝いに来てくれました。
トゥーイの奥に写っているミニーのお母さんは今現在ポイペトという街で、国境食堂を営むサキさんと一緒に働いています。
一緒にポイペトにいる長女のホンソワが最近出産したこともあり、本来は村にはいないはずだった今年。「ユスケが日本に帰るからもう会えないかと思って」と当日早朝にポイペトを出て、その日の夕方にまたポイペトへ戻るという強行スケジュールで会いに来てくれました。嬉しい。
ちなみにこの写真は昨年11月にポイペトまで遊びに行った時の一枚。ミニーのお父さんお母さんはサキさんと一緒に働けて本当よかったと言っていました。
さらにちなみにこちらが学校を建てていた時のミニーのお母さんとホンソワ。建設から6年が経つということで、村のみんなもいろいろ変わっていてびっくりだらけ。
一番びっくりだったのがこの辺り。パンナ(一番左)、スライモン、チャンダー、ナリン(右3人の女子たち)がお姉さん!!!高校生だって!!!
学校建ててる時はこんなだったのに!
みんな本当大きくなりました。
ご飯の準備中はみんなでティーボールをやりました。とは言ってもルールなんてなく、各々気が済むまで打ちっぱなしするだけ。守備は大人です。彼らはボール拾いなんてやりません。昔は下っ端は球拾いからでしたが、今の時代バット振ったもの勝ちだと思いました。
ペアリアが野球好きらしくずっとやりたがる。もう少し大きくなったらコンポントムの野球の試合に連れて行きたい。
BBQはいつだって楽しい。炭火は正義。
できあがり。
いただきます。
食後は偉そうに演説。この学校と村のことは、これまで関わってくれた日本人がたくさん気にかけてますよーってことを言っておきました。相変わらずクメール語でのお話はカミカミです。子どもたちも「この人何が言いたいの?」って感じで全然聴いちゃいねえ。
記念品の文房具を1人ずつ配布。今年はノートに加えて、鉛筆も。この鉛筆は友人の勇太が運営しているシェムリアップ市内の孤児院から。そこのスタッフの康太が、孤児院でも余ってしまっている鉛筆を是非とのことでいただきました。ありがとう。
みんなで写真も撮って無事終了。3年ぶりにBBQができて楽しかったです。手伝ってくれた皆さん、今年も本当にありがとうございました。
今後のこと
解散した後、学校を建てていた頃から馴染みのある子たちに呼び出されました。「日本にいつ帰るの?」「もう来ないの?」と聞かれ、寂しいよって言われてハグされた時には帰るのやめようかなって気持ちがよぎりましたが、すぐに我にかえりました。
建てっぱなしでも大丈夫
「カンボジアに学校建てたくせに放置して日本へ帰るのか」「そんなんなら建てるな」みたいな人が昔はよくいたので言っておくと、放置しても大丈夫です。というか放置しなきゃだめです。特に公立学校として認可してもらったら、部外者が許可なく関わりすぎるとかえって現場に迷惑がかかる場合もあるので、助けてと言われた時に助けられたらいいかなっていうスタンス。
年一くらいで来るぞ
とは言ってももう関わらないぞって話ではありません。
とりあえずカンボジア生活は終了して日本へ帰りますが、年一くらいは遊びに来たい。毎年10月のこの時期を狙って周年祭をしたり、村のみんなとどこかへ出かけたりできたらいいですね。
いつでも連絡できるようになった
先述した高校生になった子たち。スマホを持ち始めており「Facebook教えて」「インスタやってる?」などの会話が生まれました。やってない(もうやめた)って伝えると信じられないみたいな感じでしたが、なんとかメッセンジャーでは繋がれました。なのでこれからはこの子たちといつでも連絡がつきます。まさかこんな日が来るとは、おじさん思ってもいなかったよ。
コメントを残す