カンボジア在住リモートワーカーの日常VLOG

カンボジアのみらいスクールが5周年を迎えました

みらいスクール5周年

2016年の11月に開校したカンボジアのみらいスクール。開校以来ひっそりと見守ってきましたが気づけば5年の月日が流れていました。1年生だった子達は6年生になる年。そして開校時(ギリ)20代だったぼくは現在35歳。アラフォーです。当初は遊びに行くと「ユスケの隣に座る〜」「私も〜」って言ってた女の子たちは全然寄り付かなくなりました。

この5年を振り返る

5年ってなんだか節目っぽい感じがするので簡単に振り返ってみます。

1年目(2016年11月〜2017年10月)

学校がなかった村に学校が建って「ああこれでしばらくカンボジア来ることもないかな〜また来年」とか思っていたらそんなことなかった1年間。

「もう来ないの?」「困った時は誰が助けてくれるの?」という声に後ろ髪(当時はロン毛だったからね)を引かれて、現地で何かできることを探してあれこれやりました。

ただいろいろやりすぎたことで村の人や先生たちから金儲けをしているとの誤解を生んで、口を聞いてくれなくなったり、子ども達に避けられたりするようにもなりました。

チャンダ、ミニー、ナリンたちのお母さんはそんなことなくて、変わらず笑顔で迎えてくれて、ご飯食べてけって行ってくれて「今年も日本人はたくさん来るのか?みんなで肉を食べるのか?」と聞いてくれたことで、やらなくてもいいかって思っていた周年祭も急遽やることになりました。

2年目(2017年11月〜2018年10月)

2年目が始まる直前にぼくはカンボジアでアパートを契約しました。日本とカンボジアを行ったり来たりだと思っていた生活は、完全にカンボジアに行きっぱなしになっていたからです。そして年明けてからは日本のアパートを解約して移住。現地でお店も始めました。

だけどお店は思った通り行かず学校に行く時間はなくなり貯金も底をつきそうになりいろいろどん底だった1年間。「結局何がしたいの?」って言われることも度重なり、離れていってしまう人も増えました。

カンボジアの景色
開店祝い

そんな折に「たまには二人で腹割って話してこいや」って周囲から言われてボロネーゼ事件が勃発。自分も周りの人たちも言いたくても言えなかったことや気に食わないことを正直に話してスッキリ。文句言われることが増えて離れていく人がいても、ずっと変わらずに応援してくれている人たちがいることも再確認できましました。

3年目(2018年11月〜2019年10月)

2周年祭の打ち上げの席で

「去年、今年と日本人の参加者少なくてちょっと寂しかったなあ」
「3周年の予定を今すぐ決めて、今日からもう人集めまくろう」
「さすがに1年前に言えば、予定あるんで行けませんって言いにくいやろ」

みたいな会話で盛り上がり、その場で決めて告知をしました。

この年は村の子どもたちが日本語を勉強したいって言い出して、日曜日にフリースクール的に日本語の勉強会を開始。特にノルマも強制もないけど一生懸命頑張るので、みんなでサッカーの試合を観に行くご褒美なんかも用意しました。

そして3周年に向けて人を集めるなら、ちょっと見て見ぬフリしてた校舎のあれこれも修繕。

時間をかけて準備しただけあって、たくさんの人が来てくれてとても賑やかな周年祭になりました。

みらいスクール3周年集合写真

4年目(2019年11月〜2020年10月)

カンボジアで野球をやるっていう企画があったのですが、協力元や現地旅行会社との連携がうまく取れずになあなあになってしまいそうだったので、独自で動いてティーボールから活動開始。この企画のためにいろいろ協力してもらった道具やお金はここで使いました。ありがとうございます。

ティーボールセット

しかしこのティーボールセットが紛失。楽しんでくれるのはいいのですが、こういった楽しい遊び道具は欲しくてたまらなくなると自分の家に持ち帰ってしまう子も中にはいます。持ち帰るだけならまだしも壊したり捨てたりもするんで、なかなかうまくいかないなあと頭を抱えたりしました。

荒れたみらいスクール

学校に作った花壇も破壊されていました。気持ちは直したいけど、別に必要としていないならやらないので様子見ています。

みらいスクールの花壇の様子

4年目はコロナの影響でこのあとはほとんど何もできず、学校が休校になったりして進級の時期が変わったり、周年祭もとてもやれる雰囲気ではなかったので記念品を渡すだけの日になりました。

4年目を迎えたみらいスクールの生徒達

5年目(2020年11月〜2021年10月)

世界がコロナであたふたし始めた頃、カンボジアはまだそんなに感染者数も多くなかったので「東南アジアの熱気にはウイルスも勝てないのでは」と油断していたのですが、世界的大流行からおよそ1年後にカンボジアでも大流行。

学校はもちろんあらゆる施設が閉鎖したり、州間の移動だけでなくもっと狭い範囲の地区間の移動が規制されたり、店内飲食やアルコール提供の禁止、夜間の外出時間の制限など本当にいろんなことが重なって全然学校には行けませんでした。

2021年11月現在はかなり規制も緩和されて街も通常使用に戻りつつありますが、やはりまだ大々的に人を集めるのはちょっとなってことで、今年も文房具を渡して終了にしました。みらいスクールを気にしてくれている方の中から「現場には行けないけど様子を知りたい」という声が出たので、この日の様子はFacebookとInstagramで同時LIVE配信も行いました。

6年目に向けて

ここから1年後に向けて考えていることも書いておきます。

6周年はBBQしたい

願望としては6周年の際には、海外旅行がもう少し気楽でハードルが下がっているだろうという希望的観測から校庭でのBBQを再開できるといいなと考えています。一応毎年10月の最終日曜日でやってきたので、候補日は2022年10月30日(もしくはその前の週の23日)だと今のうちから言っておきますね。

BBQするなら東屋も設置したい

校庭に設置したい東屋

本当は5周年に合わせて設置しようかと思ったのですが、どうせなら人が来るタイミングがいいよなーって思って延期した東屋。まあこれは個人的に設置してここでみんなで飯食ったら楽しそうって思っているだけなので、村長さんとか学校の先生と相談してまた考えます。

6周年祭後にカンボジアから脱出

これはFacebookとInstagramでのLIVEの際に触れたことですが、多分ですが1年後の6周年終了後をもって一旦カンボジア生活を終了する予定です。それで次どうするのかとか決めているわけではありませんが、少し長くいすぎた感じがするからです。

この1年間、いろんな規制で学校に行けなくても別に村や先生からぼくにSOSがあるわけではないのです。ぼくがいなくたってみんな普通に生きているし、ぼくがいなくたって村や学校はいつだって平常運転。それがわかったので、ぼくがここに来るのは毎年10月頃でいいかって思うようになりました。

カンボジアに小学校を建てっぱなしなぼくのこと

この件も含めて、ぼくじゃなきゃいけない物事ってこの世にはあまり多くありません。だからこそ、自分にしかできないもっと限られたことに、時間とか労力とかお金とか使っていきたいのです。

だけど必要に応じてサポートできる財布とフットワークは大事

とは言っても、6周年が終わったらもう来ませんよ今までありがとうサヨナラバイバイってわけではないので、助けてほしいと言われることがあれば惜しみなく使えるお金とすぐに飛んでいけるフットワークは維持し続けておきたいなって考えています。

活動を続けるためのあれこれ

これもLIVEで言ったのですが、たまにいただく質問として「どうやって生活してるんですか?」「いろんなものを買っている資金源はどこから出ているんですか?」みたいなことがあるので、その辺も含めて「どうやって今後の活動を続けていのか」をまとめておきます。

ぼくは個人事業主です

なぜかぼくには無職で仕事していないような印象があるのかもしれませんが、一応仕事をしています。まあ家からあまり出ずに仕事しているし、出たと思えばフラフラしているので仕方ないですね。毎年確定申告もしていて納税もしています。自分で稼いだお金の中で暮らしているし、その中から活動費用も捻出しています。

時間や場所に囚われる働き方はしていない

ぼくの仕事はとても胡散臭い言い方をすると「パソコンがあればどこでもできる仕事」なので、毎日決まった時間働くとか、仕事のために出社するとかはありません。こういう生き方を実現したくてずっと試行錯誤してきました。具体的な仕事については以下記事にまとめています。そしてこういう働き方をしてお金と時間に融通を利かせたいならブログやるべきですよって話も書いてあります。

カンボジアのアプサラ
お仕事依頼ページ

仕事に関して聞かれそうなことをあれこれ

ノマドワーカーってどうやって働いてるの?

特別授業をするノマドワーカー

毎日どのくらい働いていますか?

朝日

どうやって仕事を選んでいますか?

どうやったら好きなことで飯が食えますか?

好きなことで飯が食えないのですが…?

やりたかった働き方は実現してみてどうですか?

海外でブログを書いて生活する人

仕事のストレスがやばいのですが…?

ストレスなくす働き方

教育活動ではなかなかお金が稼げない

ぼくは学校教員を辞めた後もずっと何らかの形で教育活動を行いたかったのですが、ビジネスアイディアがなかなか出てこないでいました。教育活動をビジネスにする際に、どこからお金を得るべきなのかが全くわからなかったからです。

単に塾のように、ぼくが講師で生徒から授業料をとればいいのかもしれないけど、そういうことがしたいわけではなかった。働いた時間と生徒の数しか稼げないし、お金が払えない人には何も施せないからです。

キレイゴトに聞こえるかもしれないけど、お金がない人が教養を得るチャンスに恵まれないと、どんどん負の連鎖になっていく気がしたので「カネが払えないならお断り」みたいな教育活動はやりたかうなかったのです。

むかし、とある社長に相談した時に「お金のない生徒が入会を希望してきたらどうするのか?」を聞いてみたら、社長は即答で「断るに決まっている」と言っていた。

間違いない。みんなお金払って習っているのにお金がない人は無料で受けられるのなら、真面目に払っている人たちが馬鹿を見るし、人から一才のお金をもらわず慈善事業っぽいことしても自分が食えなくなって死ぬ。

だけどぼくはそれからもずっと、みんなからお金をもらわなければ、誰も断ることなくみんなに同じ施しができるのになと考えていた。しかし必ずそこには、お金をもらわずにどうやって継続するのかという課題がついて回ります。

経営者失格と言われた人

そこでぼくが得た自分なりの答えは「やりたいことをビジネスにせず、得意なことをビジネスにして、やりたいことをやる」でした。特に社会貢献的なことがしたいなら、社会貢献そのものをビジネスにしていたらうまくいかない。社会貢献するためにはビジネスで一儲けする必要がある。そしてその先に社会貢献が成り立つから、ビジネスがまた加速していくのです。

これからも変わらずノマド的に働いて時間とお金を捻出する

教育活動を行うために、教育活動をビジネスにしなくてもいい。ビジネスにしなくても、そこにお金と時間を惜しまず投下できる仕組みがあれば、やりたいことがやれるのだから。

だからやりたいことをやるためのビジネスを持っておけばいい。

そしてそのビジネスが、時間や場所にとらわれない働き方ができるノマド的なものであれば、ぼくらはより一層自由にやりたいことがやれる。

思えば学校を建設していた時期も、お金があっても現場にいる時間がないのが嫌で、就職はせずにブログアフィリエイトを武器にカンボジアに乗り込んでいました。そしてブログを書いた収益で暮らしを守りつつ、毎日建設現場に足を運んだ過去がありました。

やりたいことをやるためのヒントは、以前からノマドワークにあったのに、なぜかその後、仕事選びをミスることが続いたのも事実です。

これからは、もっと自分が何をするべきかに集中して仕事を選びます。時間や場所に影響を受ける働き方はしない方向性でがんばります。

まとめ

ということで、5周年の報告をしようと思ったら言いたいことがありすぎて、これまでのこととこれからのことを熱心に語ったら長文になってしまいました。ここまで読んでいる方は珍しいと思いますが、最後まで読んでくれてありがとうございました。

最後の最後に雑にまとめると、6周年以降も変わらず関わっていきますよ(村が望むなら)、そのためにはどこにいても働ける働き方で稼いだお金を運用して、増えた収益でこれからの教育支援を行います。みんなも引き続き気にかけてくれると嬉しいよ。というお話でした。

教育支援という言葉はあまり好きではないのですが「何をするのか」「どんなことをしているのか」をわかりやすくするためにあえて使っています。

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Yusuke Kitagawa
カンボジアの農村部に建設した小学校を遠くからサポートしながら、楽しいカンボジア生活を文章、動画、写真にして暮らしています。