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人生なんていつどうなるかわからないのに、ぼくは「またね」を軽く捉えている

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机と椅子のお金だけ払いにだけやって来た10日11日のカンボジア滞在を終えクアラルンプールを経由して関空へ向かいます。

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「乗り換えが不安」という理由で、同じフライトにかぶせてきたユウト(@yu_torisu4)と一緒に。

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完全に気緩んでくつろいでやがる。

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おやすみ。(置いて帰ったろか)

そんなこんなで、日本へ帰って(?)きました。

最近本当予定外のフライトがありすぎて、日本へ帰ってきたのか、来ているのかすらわからない状態です。

あれ?おかしいな。短パンの人少ない。

カンボジアでのラストナイトのこと

今回のラストナイトは、シェムリアップ在住者の憩いの場所「横浜」にて。

横浜はラーメン屋であり、バーであり。

そして日本語のカラオケができる場所。(ゲンちゃん、いつも遅くまでごめんなさい。)

今回もここで、気の置けないカンボジア在住者たちと楽しい夜を過ごしました。

日本に変える日の朝のこと

出発の朝、いつもお世話になっているシティゲストハウス(@city_guesthouse)で目を覚ます。

まぶたが…身体が…

重い…。

そういえば昨夜、横浜ではしゃいだ後、シティゲストハウスへ戻ってオーナーの金子さんとインターンしているまなみともう一飲みしたんだった。

ラストナイトとか言ってそそのかされて。

その癖、朝になると二人とも「どうせまた来るんだし」とか言って、あんまり別れを惜しまれない。

「またね」は本当にまたあるのか?

ぼくの後悔は、別れ際にお世話になった人たちへの握手やハグをしないままトゥクトゥクに乗ってしまったことでした。

みんなで写真も撮っていません。

これが今回の後悔。

シティゲストハウスだけでなく、昨夜の横浜で一緒に飲んでいた人たちとも。

ぼくはこれまでもたくさんの人と別れをしてきたし、多分てか絶対これからもそう。

出会いの分だけ別れも増える。

またすぐに会う人もいれば、もしかしたらもう会わない人もいるかもしれない。

それなのに。

そんなことわかっているのに。

ぼくはいつもそうやって「またね」を軽く捉えて、割と簡単に人と別れてきたことが多かったです。

「またね!」ってどれだけ元気よく手を振って笑顔で別れたって、その「また」が急に二度と訪れなくなってしまうことだって知っている。

知っているのに。

「またね」の奥には「どうせまた会える」という気持ちがあって、どうせまた会ったって、他愛もない話に花が咲いて、ビールの勢いが加速するだけなんだけど。

また会える保証なんてないんだ。

どれだけ約束したって。

その約束をどれだけ守ろうとしたって。

絶対はないんだ。

それでも、ぼくらは別いつか別れなくてはいけない。

だから、もしかしたら「また笑って会いましょう」「また笑って飯を食おう」って。

そんな別れ際がちょうどいいのかもしれない。

大切にしているようで大して実行できていなかった「丁寧に生きる」ということ。

もう一度見直してみようと思いました。

まとめ

ただ、本当に大切にしたいものを大切にするために、切り捨てる、手放すことも大事にしようと思います。

人の人生に責任は取れないから、否定はしません。

それでもぼくは、ぼくを信じてくれている人達とどこまでも先へ行こうと思います。

そして、ぼくが信じている人たち。

ぼくから離れていくことはないので安心してください。

どこまでも行きましょう。

大変ありがたいことに「何か力になれることはありませんか?」と言っていただく機会が増えました。

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