海外生活ときどき旅。7年目4カ国。

仕事辞めてカンボジアに来た理由【ゴメン、ここに美談はない】

こんにちは、北川勇介です。

 

今回は、よく聞かれる「なんでカンボジアだったんですか?」って質問に答えてみます。

この記事でぼくのこともっと知ってもらったり、カンボジアに興味を持ってもらえる人が増えたら嬉しいです。

 

カンボジアに来た理由は特にない

いきなりズッコケそうな見出しでごめんなさい。

でも、本音なので色をつけずにそのまま書きますね。

 

前職の教員を辞める時、校長先生からは「辞めてどうするの?」って聞かれてぼくは困りました。

だって、辞めるつもりなかったけど、急に辞めることになったから…ww(この辺の話は別で書いています)

ゆーすけ

急に聞かれても困る〜てかもう辞めるって言ったんだから早く帰してくれ

って内心思っていたことは、今でも覚えています。

 

ただ何となく出た答えが「カンボジア」だったんです。

 

カンボジアって言葉が急に出た理由

教員辞めた先のことなんて考えていなかったけど、辞めるって言っちゃったぼくに「辞めてどうするか」を問い詰めてくる管理職。

そこでポッと出た言葉が

ゆーすけ

カンボジアの小学校でも行こうかな[

でした。

 

なんでここがカンボジアだったのか。

もしかしたらフィリピンって言っていたかもしれないし、ベトナムって言っていたかもしれない。

 

多分、ミャンマーとか言っていたら、ぼくはカンボジアではなくミャンマーに言っていたでしょうね。

言っちゃったからって理由で。

 

ではなぜカンボジアって言葉が出たか。

それは少なからず、教育に関する課題のイメージが強かったからだろうと思います。

 

「なんとなく貧しそうな国」

当時のぼくは、カンボジアのことちっとも知らないままそんなイメージだけで「カンボジアの小学校でも行こうかな」って言ったはずです。

 

そのちょっと前にはとある番組でカンボジアに小学校を建てる企画とかもやっていたし。

学校が足りないとか、教育が行き届いていないとか、そんなことをとっさに考えて、そこへ言ってみようとしたんだと思います。

 

「思います」っていう濁すような、曖昧な語尾が続いてしまいますが、なんせ本当について出た言葉がカンボジアだったので、その時の理由とかはっきり覚えていないんです。

なので、その辺の曖昧さは今回は目をつぶってください。

 

仕事辞めてカンボジアへ行ってみた

とにかくぼくは、2013年3月末で仕事を辞めて、翌4月にはカンボジアにいました。

 

チケットとる時、シェムリアップが全然読めなかった。

というか、カンボジアの首都がどこかも、何語かも知らなかった。

 

それくらい何も知らず、何も調べず、ぼくは飛行機に乗りました。

 

カンボジアではNGOが運営する小学校のボランティアに申し込みをして参加していました。

せっかくだから現地の教育現場を生で見たくて。

 

ただ、その参加動機すらも「いずれ教員に戻った時」の出汁に使う予定でした。

授業の合間とかで、それっぽく話せるような小ネタとして「昔、俺もカンボジアの学校に行った時にな…」って先生が話し出したら、普通に授業聞くより「おっ!?」ってなりそうじゃないですか。

 

本当失礼だけど、その程度だったんです。

初めてカンボジアへやって来た時の理由。

 

今やっていることや、カンボジアでやってきたことを先に知られている人には、カンボジアに来た経緯とか目を輝かせて聞いてくれる人が多いので「困っている子どもたちを救いたくて!」みたいな美談が求められている気もしますが、違うものは違うのですいません。

話していることやここに書いてあることが本音です。

 

ただ、関わってみたら置き去りにできないリアルがそこにはいっぱいあったので、結局今もぼくはカンボジアにいるわけです。

 

まとめ:カンボジアに来た理由はなんとなく

本当ドキュメンタリーみたいなそれっぽい理由がなくてごめんなさい。

ゆーすけ

校長室で降ってきた言葉がカンボジアだった

これが、ぼくがカンボジアにやって来たリアルな理由です。

 

途中も書いたように、ひらめきや思いつきばかりなのでちゃんとした理由がありませんが、この際なので後付けしてしまえば、結局それも運命かなって思っています。

 

あの時、「なんとなく」辞めますって言わなければ、ぼくはまだ教員続けているかもしれない。

その時は続けたけど、結果その後辞めたかもしれない。

あの時「インドネシア」って言っていたら、今はインドネシアにいたかもしれない。

インドネシアに言ってみたけど「やっぱり日本がいい」って言っていたかもしれない。

戻って教員をもう一回目指したかもしれないし、会社員になったかもしれない。

 

それはわからない。

わからないけど、どんな道を選んでも自分が幸せだと胸を張れるように生きるしかない。

 

今、ぼくは幸せです。

教員時代も、これまでのカンボジア時代も。ずっと幸せです。

 

それは、結局何を選んだとしても、自分の意思で今を生きていられるから。

誰かに命令されたり、周囲に流されたり、本当はそう思わないのに自分を言い聞かせるように決めた決断ではなく「俺はこうする」を続けてきたから。

 

カンボジアを選んだ理由は確かに「なんとなく」だったけど、カンボジアへ行くことだって反対する人はいた。

でも、自分で言った言葉を信じて、自分で行動した今だから、今何があっても誰も責めない。

 

なんとなくやって来たこの土地で、ぼくはたくさんの大切を見つけました。

それもまた人生。

 

行動すること、好きなことやることに「それっぽい理由」なんてなくても十分楽しめますよ。

それが自分の意思だったら、なおさら。

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