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若いうちに海外ボランティアやインターンをしておけば就職有利になるは幻想:多分上京と一緒

「若いうちに海外に出ておけば就職有利だよね」って言っている若い子に出くわしたのでおじさんはこの記事を書くことにしました。出ないより出た方がいいかもしれないけど出ただけでは変わらないよねってことです。「とりあえず」で来ても人生はあまり変わらない。

若いうちに海外へ出ても就職有利にならないと思う理由

理由は簡単で、場所は自分を変えてくれないからです。

海外は人生を変えてくれない

住む場所を変える、目的の場所へ行くという行動の一歩目は大事です。めっちゃ大事。その一歩を踏み出さない人もいるくらいなので超大事。一歩も踏み出さない人との差は、確かに一歩あるかもしれないけどそのままだと差は一歩のままです。

上京も同じ

ぼくは大学入学を機に上京しましたが、上京しただけだと多分人生は変わりません。そこで感じたり学んだりしたことを行動してそれなりにオイシイ思いしたし痛い目にも遭った先に「上京してよかった」という思いがあるわけです。

出ることがゴールになっている

ここまで読めばもうわかっていると思いますが、海外へ出ることがゴールになっていたら終了です。翌日の飛行機で帰っても「一度海外へ出た」と言えます。要は体験が薄すぎる。そこで自分はどうなったのか?を知らないと帰国してもただの痛い人です。

面接を想定してみたらわかると思いますが、学生時代の体験を聞かれて「海外でインターンシップをしていました」と言ったところで「それで?」しか出ません。それで?の先をたくさん持っておけたら最高。

有利になるという事例もあるかもしれない

学生の受験や、就職活動においてボランティア活動に参加した有無が、内申点的なものや特記事項で記載されることがあるという事実。

大学推薦で優位になるために被災地ボランティアへ行く。

就職で有利になるために海外ボランティアに行く。

これって最初に取り入れた人と、現行の状況は違うのだろうけど、巻き込まれてしまった学生達はかわいそうだと僕は思う。

そもそもボランティアって志願していくものであって、何かの見返りや利益性を求めて行うものでも、社会のシステムで勝ち残るためにさせられるべきものでもないです。

興味がないなら、できないなら、しなくていいことだと思っています。

できることを、できる範囲で、できる人が行えばいい話です。

この辺の価値をきちんと学校や家庭などの教育の場で教えることも大事なのかなと感じています。

ボランティアの目的の不透明性

これはあくまで想像ですが、ボランティア活動を自発的に行った学生の面接中の発言が、たまたま受けた学校やら会社やらの面接官にヒットしただけだと思います。

それがいつの間にか、ボランティアしておいたほうが有利!みたいな偏った情報が先行してしまい、ボランティアの目的そのものがよくわからないものになってしまっている。

そう感じます。あくまで主観ですが。

ボランティア活動を行う先の情報収集不足

海外に限らず日本でも、地震や台風などの天災に見舞われた地域が出ると、真っ先に行動に移す人がたくさんいます。

迅速な対応と行動力は、とんでもなく素晴らしいことです。

僕の友達にも何人もいます。

しかし中には、現状の状況がわからず行ってしまったがために、自分自身が身動き取れなくなってしまう人、服装や装備品が甘く二次災害に巻き込まれてしまう人もいるようです。

「何しにいってんだか」って話になってしまっては、人を助けるどころか、余分な労力を使わせ、迷惑をかけに行っています。

始めることは簡単でも続けることが難しい。

海外ボランティアに限らず、世の中の物事の多くは始めることこそ簡単であるのに、続けることがいかに難しいか。

僕もよく頭を悩まされる部分でもあります。

でも中には始めるまでにいろんな躊躇をする人もいれば、始めたことに満足してしまう人も多いと思います。

例えるなら、サーフィン始めようと思ってサーフボード買うか散々悩んでたのに、買ったら部屋のインテリアになってしまう人。

どきっ!!

そんなん言いながら、僕も飽き性なので偉そうには言えませんが。

関わり続けるって大変なことです。

関わり続けるって中途半端な気持ちじゃできません。

でも本気だったら、ミスしたって責められません。

自分が決めたなら、ひたすら走りましょう。その道を。

ボランティアは誰のため?

人生は自分のものなので、何をしようが自分の勝手かもしれませんが、少なくともボランティアは「人のため」であって、「自分のため」ではありません。

僕が自分のやっていることをボランティアと思わないのは、そこです。

人のためではなく、自分のためにやっています。(このことはまた書きます)

最初に書いた様に、就職活動や大学推薦で有利になるためにやるなんて、意味がわからないし、そんなことのために現地に来られても受け入れるほうが大変になるだけです。

自分の将来のために行うボランティアは、ボランティアとは呼べません。

ただ、自発的に取り組んでみた結果、行く前と行った後で感じることが違った、考えが変わった、気付きがあった。という様に結果的に自分の中で活動を咀嚼し、消化して、次の自分のために体験を取り入れていくならわかります。

これから面接を受けようと思っている学生が、もしこの記事を読んでくれているのであれば、覚えておいて欲しいのはまさに今言ったことです。

ボランティアへのとっかかりの理由は「面接のため」でもいいかもしれません。

しかし、ボランティア活動そのものに意味や価値があるのではなく、その体験から自分がどうなったのか。

これがわからなかったら、話のネタとしても、参加したことも何もメリットは生み出しません。

そもそもボランティア活動の意義や必要性を理解している会社や学校であれば、仕事や研修、実習など何らかのプログラムがあるはずです。

なぜならビジネスの先には社会貢献があり、その社会貢献こそがビジネスを加速させていくからです。

そこに理解のある組織は、すでに何らかの形で取り入れているでしょう。

(中には売名行為ってこともあるかもしれませんが)

いずれにせよ、受け身で行くのではなく、主体性を持って行くこと。

そのために必要な準備をしておく必要があります。

まとめ

世の中には様々な活動があります。

でも少なくともボランティア活動は自分のためではなく、始まりは人のためです。

僕はそう思います。

人のために動くのであれば、まず自分のために生きて、自立する必要があります。

ボランティアは自分の進路やキャリアのためにあるのではなく、奉仕の精神の元にあります。

その体験を通じて自分が豊かになっていくのであれば、それは素晴らしいことです。

僕がカンボジアに関わり続ける理由は別記事で紹介しています。

よければこちらもお読みください。

僕なりの国際支援の意味

【活動の経緯】僕がカンボジアに小学校を建設した理由

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