海外生活ときどき旅。7年目4カ国。

生活費のために1日8時間働けるのになぜ自分の目標のために1時間を使えないのか

最短で無駄なく最高の結果を出す。

それができたら、この世の中はもっと挑戦で溢れている。

 

というか、もしそうなったら今言う挑戦はもはや挑戦ではなくなっている。

 

だって、やればできる。

「しかも最短最速でって結果がわかっているからやる」状態なら、それは何にも挑んでいないし、苦労して努力して掴み取った価値もない。

 

だから、どこまでやればいいのかなんて、誰もわからないから、ぼくらはいつだってやるしかない。

そんな不確かな世界だからこそ、人は希望も持てるし絶望もする。

人は好きでも無いことにも1日8時間以上を使える

基本的にぼくは働くことがあまり好きではない。

好きではないって言うと語弊があるか。

 

▼先日のぼくのツイート

正確に言うと、1日数時間以上働きたくない。

 

って言うと

[st-kaiwa1]数時間て人によってちげーだろ[/st-kaiwa1]

って言葉も飛んで来そうなので、はっきり言うとぼくは1日3時間だけ働くライフワークバランスの先に描く10年後の未来をみている。

 

1日3時間だけ働いて、あとは何がしたいかっていうと、自分が知らないことを知ったり、できないことをできるようにするための学びの時間として使いたい。

 

[st-kaiwa1]昨日までの俺と今日の俺の違いは?[/st-kaiwa1]

って質問を自分にぶつけるようにしていて、それが言葉にできないってことは成長していない。

 

つまり今日、大した努力もしないで「こんなこといいな♩でっきたらいいなっ🎶」なんて言う資格もないってこと。

 

でもさ。

やっぱり1日3時間だけしか働いていないかって言うと、そんな日ばかりでもないわけ。

 

で一般的に言う仕事が7時間も8時間もあると、

[st-kaiwa1]忙しかったし今日はやらなくてもいいか[/st-kaiwa1]

っていうふざけた自分が出てくるわけだ。

 

自分の目標のための1時間が自分の未来を切り拓く

生活費のために8時間も働けるのに、自分が昨日より成長するためには1時間も使わないで、今の現状は何か変わるのか?

 

冷静に考えていつも思う。

1日3時間しか働きたくないとしたら、その未来を実現するための時間を今日はどのくらい自分のために使えたか。

 

だって思わない?

今ぼくは、「1日8時間も働きたくない」と思っているのに、生活費のために働けている。

 

でも本当は、1日3時間だけ働いて今より時間もお金を自由に使いたいと考えている未来がある。

 

それなのに、その未来を手繰り寄せるために今日何もしなかったら、その目標はいつ叶うの?

ねぇ教えて。

 

「無理しない」で「好きなことだけ」やるって言う風潮に惑わされない

それなのに、1日8時間働いただけの自分に対して

[st-kaiwa1]今日は頑張った[/st-kaiwa1] [st-kaiwa1]疲れたから今日は早く休もう[/st-kaiwa1] [st-kaiwa1]たまには自分にご褒美[/st-kaiwa1]

 

とか言い出す、「変な俺」もたまにいる。

 

いやいやいや、お前まだ本当にやるたいことのためにやるべきことやってねーから!

とは誰も言ってくれない。

 

英語が話せるようになりたいなら、昨日より今日、使える英単語を1つ覚える。

 

突然話せるようになる人はいなくて、ネイティブ並みに英語を話すことができる人だって、人知れず積み重ねた1単語があるはずなんだ。

 

世の中を見渡すと、残業や休日出勤が悪で、頑張ることを美徳とするからココロもカラダも潰れてしまう。

無理なんてしなくていい、逃げたっていい、好きなことだけやっていればいいと声をあげる人がいる。

 

そうかもしれないけど、結局どこかで自分で頑張る習慣を身につけなかったら、誰も助けてくれないでしょ?

って言うのがぼくの見解です。

 

だから、お前も残業しろ!15時間労働しろ!ってことじゃないですよ、もちろん。

 

でも、並大抵のことしているだけじゃ、突き抜けることなんて無理だよね。

 

あなたが憧れている人、目標にしている人、追い越したいと思っている人は並大抵のことだけしていると思いますか?

本当にやりたいことだけやっていると思いますか?

 

甘い言葉、都合のいい解釈が、特にネット上の輝いている人たちの周りにはたくさんある。

だから、そんな言葉に勇気をもらうこともあるし、惑わされることもある。

 

[st-kaiwa1]で、結局自分はどうしたいん?[/st-kaiwa1]

っていうここが一番大事だよね。

 

まとめ

自力で勉強して難関大学に合格した野球部の先輩。

現役合格は不可能と言われた教員採用試験に現役で合格した野球部の先輩や同級生。

「(その道では)まだ若い」って言われながらも独立して大金持ちになった野球部の先輩。

 

そういった身近な人たちの努力と成功の一部を、身近に体験してこれたことは、ぼくにとって希望でもあり絶望でもあった。

 

「俺にもできるかも」と「俺には無理だった」が葛藤するから。

為せば成るを体現して来た人がいる世の中は、自分がどう見るか?だけでも世界はまた変わる。

 

「俺にもできる!」という追い風にもできるし、「あの人は特別だ」って完結させることもできる。

それも自分で決めた自分が生きる未来。

 

あなたはどうしたい?

ぼくは、自分が描く未来を自力で手繰り寄せたい。だから明日も動くよ。

 

そんな感じ!

また明日!

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