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アンコールワットはSNSにアップするためではなく自分のために見た方がいい

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ここカンボジアには有名な世界遺産、アンコールワットがあります。

 

それを目当てにカンボジアを訪れる人がいるくらいです。

 

アンコールワットのような有名な観光地へくことって、旅行の楽しみの一つかもしれませんが、ただ行ったって意味がないし、興味が湧かないなら行かなくていいと僕は思います。

 

ちなみに、僕は好きですけれどね。アンコールワット。

 

僕がそう感じるのは、アンコールワットの前で写真を撮ることが目的になっている人が多いと感じるからです。

 

写真を撮ることは、決してダメなことではないですが、「アンコールワットどうだった?」と聞いても「すごかった!」って答える人以外と多いです。

 

もちろん、すごいものだし間違っている訳ではないのですが、他に感じたことないのかな?一言で片付く感想なのかな?って僕は思います。

 

中には「同じような遺跡見すぎてお腹いっぱいです。」という意見を聞くこともあります。

 

アンコールワットに限らずですが、有名なものを見て、写真に収めて、SNSにアップして、友達からいいね!をもらう。

こんなことが目的になってしまっている人が多い気がするんです。

ただそこにあったものを見るだけで、何も感じていないような人が。

 

旅行の目的は自由なので、ケチをつけたいのではありません。

 

ただ、僕はそういうのもったいないなって思ってしまいます。

 

お金と時間をかけて何やってるんだろうって。

 

僕が初めてアンコールワット見た時は、ガイドさんにいてもらいました。

 

それまで僕もアンコールワットの名前を知っていても、深くは知らなかったんです。

 

当時、僕が何を感じたかと言えば、

 

12世紀という遥か昔の時代に、これを考案した人はどんな設計図を書いたのだろう。

どうやって大きな岩をあんな風にデザインしたんだろう。

電動の機械なんてもちろんないだろうし、彫刻を施した人はどうやってそのスキルを身につけたんだろう。

そもそも人と象の力でこれだけのスケールのものを作るなんて、どれだけ大変だったんだろう。

 

そんなことばかりを考えていた気がします。

 

そしてきっと、アンコールワットが何の為に建てられているのか、これがどんな形に仕上がるのか、それすらも知らずに、来る日も来る日もただ石を運び続けて、その生涯を閉じた人もいるんだろうな。

 

もし自分の今後30年間の人生が、アンコールワットのような巨大な建設物に関わる仕事しかなかったら。

それ以外に選択肢がなかったら。

 

それをする意味や目的を知らず、僕は30年も自分の人生費やせるだろうか?

 

僕はそんなことばかり考えていたもんだから、もし自分がそんな立場だったら嫌だなって思ってしまったんです。

そんな人生じゃなくてよかったと、心底。

 

当時の人たちが何を思っていたかは不明ですが、少なくともそのような時代があってこそ、今のカンボジアの観光産業を支えていることも事実だし、そこに関わった人全員を解明できるなら、全員功労賞もらってもいいくらいのことじゃないかなって思います。

 

スケールの大きさに圧倒されたことはもちろん、そこにあったであろうドラマや経緯、過程などを想像したら、今の自分にはどれだけの選択肢と可能性があって、そしてそのチャンスをいくつ自ら潰してきたんだろうって思ったりしました。

 

たらればの話をしたらキリがありませんが、実際に今はどうかを振り返ってみれば、人生には数え切れないほどの選択があって、自分で物事決められることがたくさんあります。

 

そして同じように自分の力だけでは、どうにも解決できない現実もあります。

 

でも、僕らは少なからず選択肢というものが与えられて、自分の意志のもとに決断をして今日まで生きています。

そして多分これからも。

 

そんなこと考えていたら、まだまだやれることあるんじゃないかって感じさせられました。

 

カンボジアに関わる理由って実はそんなことを教えてもらった場所だからというのも、ちょびっとだけあったりします。

あくまで僕にとってですが。

 

ただ、カンボジアの為にだなんて大きなことはできないから、個人でできることをしているまでで、僕を信じてくれている人たちが待っているから、僕は何度でもここに来ます。

僕がアンコールワットを見た時の感性があってこそ、今の人生があるのだと思ったら、教師を辞めたことも、初めて1人で海外に飛び出したことも、全てはジャストタイミングだったのかなって思います。

 

それより若かったら感性が追いつかず、それより後だったら行動が伴わなかったかもしれません。

 

これも、たらればですが、やっぱり人生はいつだってジャストタイミングだと思うわけです。

 

海外に行くことって全然大したことなくて、時間とお金をかければ誰でもできるんです。

 

ただ、せっかく時間とお金をかけるなら、見るだけ、行くだけじゃもったいないと僕は思うんです。

 

同じもの見たって、感じ方は違って当然だし、正解なんてないんです。

 

だから自分が感動していること、退屈していることに気付くことが大切なのとも感じます。

 

そうやって感じる機会が多いからこそ、旅はいいのであって、何をしたか、どんな写真が撮れたか、そんなことに縛られず異国の文化を楽しみたいんです。

 

思慮に深みを出すことが、人生を豊かにすることでもあると思っているので、これからもたくさんのことを感じ、吸収し、せめてローライズのボクサーパンツよりは深みのある人間になりたいなって思っています。

 

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