元高校教師がカンボジアに小学校建ててライターとカフェやってます

「カンボジアで何かやりたい」なら誰にも何にも便乗せず自分でやった方がいい

こんにちは、北川勇介(yusukeworld_)です。

カンボジアの農村部に建設した小学校のサポートをして、2年目が終わりました。

カンボジアに建設した小学校の2年目が終わりました

 

先日、こんなツイートをしました。

人はどこかで間違える。
純粋に支援したいって言ってた人がいつの間にか、「俺がやってる学校」とか言い出して、運営者に何も言わずに学校に人を連れて行ったりする。(みらいスクールじゃないよ)
人に支援できるほど余力のあることはすばらしいけど、勘違いしてるイタイ野郎は恥ずかしい。

 

要するに、軽いのっとりですね。

もともとあったカンボジア人が運営するフリースクールを「サポートしたい」って近寄った人が、いつの間にか「俺がやっている学校」とか言い出している、という誰も幸せにならない話。

ぶっちゃけこういうネガティヴ系の記事も書いたところで、ぼくも読んだ人も笑顔にならないんですが、放っておくこともできないので、ぼくが聞いた事実を書きます。

日本の休暇シーズンはカンボジアを訪れる人も増え、海外ボランティアに興味のある団体や個人がカンボジアを訪れて来る時期でもあります。

そんな中で「俺がやってる学校行くか?」みたいな声かけられて、急に見学者がゾロゾロ来るみたいな学校側の負担が増えなければいいなと思っています。

 

「カンボジアで何かやりたい」なら便乗せず自分でやりましょう

カンボジアのシェムリアップにある、とあるフリースクール。

カンボジア人の夫婦がやっていて、通常の学校とは異なり「寺子屋」みたいな感じで日本語や英語を教えています。

外国人の長期ボランティアのみを受け入れていて、長期でお手伝いしてくれる人は住み込みで子ども達の勉強を手伝えるそうです。

注意

ぼく自身はこの学校とは直接の関係もないので、一切のお問い合わせ(住み込みして手伝いたいですみたいなの)には答えられませんので悪しからず。

こういった情報を得て近づく外国人も少なくないようです。

 

今回聞いた事例としては、運営者のカンボジア人夫婦が「家賃の負担が大きい」とこぼした悩みを聞いた人が、「家賃を支払うサポートをする」と名乗り出たそうです。

その直後から、「俺がやっている学校」とか言い出して、突然自分のお客さんを連れて言って勝手にスクール内を案内したりしているそうです。

過去には、夫婦を騙してスクールの名義まで変えて自分のものにしようとした人までいたんだとか。

 

あくまで、カンボジア人側からしか聞いていない情報ですが、これもまたぼくの耳に飛び込んで来た事実でした。

 

支援者は支援者でいたらいい

「お金に困っています」という人に、即座にお金で答えられるほど余裕がある人は、それはそれで素晴らしいことだと思います。

ゆーすけ

その経済力は素直にうらやましい

 

ですが、たまに人はどこかで「俺がお金を出しているんだから」「俺がいなくなったら困るだろ?」「ここは俺のものでもある」と勘違いしてしまう痛い人も少なくないようです。

文字にすると、とんでもなく恐ろしいことですが、多分本人は気づいていないと思うんです。

最初は純粋に支援したかっただけで「学校とか施設を自分のものにしたい」なんて気持ちはなかったはずなんです。

それなのに、支援をする(この場合お金を払う)ことで、無意識にいつの間にか自分のものだと思い込んでしまっているんではないかという見解。

 

その後、スクール側(運営しているカンボジア人)から「もうお金の支援はいりません」って伝えたそうです。

それは「もうお金の支援をしなくても大丈夫ですよ」って意味ではなくて、「もうあなたは来ないでください」って言われている意味なんですが、きっとそれも理解できていないのだと思います。

「お金は払わなくなったけど変わらずにたまに来る」って言っていたので。

 

口出ししたいなら乗っ取りではなく自分でやりましょう

運営者側としては、家賃などの固定費を出してくれるスポンサーがいてくれることは間違いなくありがたいことかもしれません。

ですが「運営に口を出されるくらいなら必要ない」というスタンスの人もいます。

運営方針に口を出したり「自分がやっている学校」だとか言いたいのであれば、既存の施設を利用せずに何もないゼロから自分で初めて好きにやったらいいと思います。

人が積み上げてきたものを、お金払って急に対等以上になって、奪い取るなんて本当にどうかしていると思う。

それは支援でもなんでもなくてただのエゴだし。

 

言うまでもありませんが、ぼくは口出ししたくて学校建設したわけではありませんよ。

ゆーすけ

むしろそんなやついるの?

 

多分よくありそうなツッコミ

大衆の声

カンボジアで外国人が教育に関わるのはラクじゃないんだ!

でしょうね。全然ラクじゃないです。

むしろ、関われないですよ。

ぼくだって小学校建設したからって何者でもないです。

たまに「どういう立場?校長?理事長?」とか聞かれますが、

ゆーすけ

いや、ただ建てた人っす

なので、ぼくは現地で教育活動(日本語教えたりとか)もできないし、授業中に教室に立ち入ることももうありません。

立ち入る場合は事前の許可をしっかりとりましょうね。

そしたら、受け入れてくれる場合もありますよ。

 

大衆の声

だからカンボジア人がやっているものをお金で応援したいんだ

だから、お金の援助だけしたらいいと思います。

それをダメなことだとは思わないし、さっきも書いた通りお金に困っている人にお金の支援ができるほど余裕がある人は素晴らしいともいます。

だからと言って、お金を出している人が何をやってもいいかって言われたら、必ずしもイコールではありません。

「もうお金はいりません(受け取りません)」って言っている意味と理由は考えた方がいいですね。

支援に頼らなくてもいいプラスの環境が整ったかもしれないし、遠回しに「もう来るな」って言っているかもしれないですから。

 

まとめ

純粋に湧き上がった最初の気持ちを書きなぐりました。

最初も書きましたが、こういうの書いていても読んでいても気持ちよくないですよね。

ごめん。

本当はクスッと笑えるような明るい話ばかり毎日書きたいんですが、どこかに置き去りにしたくない事実と気持ちだったんです。

 

「お金がないだけで勉強を諦めるなんて…」と感じた人が、「だったら俺が!」と思って経済的支援に動き出す。

この行動は素晴らしいです。

お金は大事。

だってお金がなかったら大切なものが守れない時があるかもしれないし、守れる幅が広がるから。

でも、言い方悪いですが、お金出したくらいで好き勝手言い出すなら、そのお金は必要ない。

ぼくはそう思います。

でも、もしかしたらどこかで気づかない間に間違えるかもしれない。

 

だからこそ、今の自分の判断と行動は正常か?

今見ているものは本当か?

と、目の前のことを疑うことも忘れてはならないのだと感じます。

 

すごく主観の強めな記事になってしまいましたが、カンボジアで起きている我々「外国人」が関わる教育現場から聞こえてきた事実の一つだったからこそ、本当に伝えなくてはいけないリアルだと感じて書きました。

 

最後まで読んでくれてありがとうございました。

 

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