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何もできないけど挑み続ける人生の記録


コラム 生きること

学歴を重視しすぎる社会の闇と勉強することの必要性

投稿日:

merumaganew

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「英語なんて話せなくたっていい」

「x軸?y軸?俺の将来には1mmも関係ない」

 

そう思って勉強から逃げ続けていたぼくです。

 

韓国は今、学歴やら裏口入学やらでもめてますね。

 

韓国のニュースについて直接言及する気は無いので、詳しくはこちらを。

 

ニュースの内容は相変わらず、あの頃の勉強と同じくらい興味湧きませんが、この機会にちょっと勉強のことについて書いておこうと思います。

 





ぼくのおばあちゃんは、ぼくが幼い頃から口すっぱくぼくに話をしてくれました。

 

「勉強を頑張って、いい学校へ入りなさい。そしていい会社に勤めなさい。」ということを。

 

今でもたまに言います。

 

「海外なんて行かないで、先生になりなさい。それが嫌なら市役所にでも。」と。

 

おばあちゃんの言ってくれた愛情を批判する気はない。

 

ただ、ぼくはずっと「いい学校、いい会社」ってのがどんな学校や会社のことを言うのかわからなかった。

 

それが高校、大学と歳を重ねて、浅はかながらも自分で物事を真剣に考えるようになればなるほど。

 

ちなみにぼくは高校生になった瞬間に、数学の朝テストで真剣に0点を取りました。(100点満点)

 

初めて見た。0点。

 

それまでは、ドラえもんのアニメの中でのび太がとっているのを見たくらい。

 

漫画のボケのように思っていた0点を自分がとったことで、悔しさよりも、恥ずかしさよりも、そんなもの差し置いて勉強する意欲を完全に喪失したことを覚えている。

 

勉強する意欲を失ったぼくは、本当に部活のためだけに学校に行っていたと言っても過言では無い。

 

ただ、追試になったり授業中寝てると監督にチクられて、大好きな野球ができなくなるのでそこは我慢した。

 

(授業中寝ている生徒の態度を影でこっそり顧問にチクって、顧問の力で押さえ込む教育方法も嫌いだった。だって自分には指導力ないって言ってるのと同じじゃん。とか言ったら怒られるかな。)

 

点数も成績も高みを目指さない。

 

追試にならなければ何でもいい。提出物も期限は守るけど高評価は望んでいない。

 

とにかく大好きなものへ打ち込む障害にしないようにはしていた。

 

そんなんだから、高校生なりに考え出した進路は「就職」だった。

 

浅はかだから、働けばお金がもらえる上に、勉強しなくていいとさえ思っていた。

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当時のぼくに「なめんな!」って言ってやりたい。

 

そんなぼくが大学へ行くことを決めたのは高校2年の終わり。

 

当時の担任の先生の「お前は東京一回見てこい!」って言葉と「実技があるとこなら大丈夫!」という言葉を信じて、ぼくは高校野球引退後から試験勉強することになった。

 

偏差値?何それ?から始まったぼくの受験勉強。

 

親に余分にお金払わせて、予備校にも通わせてもらった。

 

5教科7科目!とか言ってる同級生の横で、ぼくは2教科3種目(現代文、英語、100m走、マット、球技)とか言ってた。

 

ぼくなりに頑張った大学受験。平日8時間。休日13時間。

 

何とか第一志望に合格。

 

しばらくして予備校に顔出すと、続々と合格速報が張り出されていた。

 

『難関大学・有名大学合格者』

 

と書き出されたその下には「○○大学 △△学部 □□くん」みたいな張り出し。

 

「お〜」と思って自分の名前を探すとそこにはない。

 

「おい、こら!ここにいるヤツがぼくと同じ大学受けてみろ!筆記で点が取れたって100m走はビリッケツだぞ!そもそも筆記と実技の両立こそ難関だろうが!」

 

って事務局に文句言ったケツの青い時期もあった。

 

別に名前が張り出されないことが嫌なんじゃない。

 

偏差値とか知名度とか、あんたらの進学実績のために生徒の頑張りを測るんじゃねーよ!

 

ってことが言いたかっただけ。

 

高校教師してた時期も、よく職員会議で「今年は国公立大学合格者50人以上出しましょう!」みたいな話がよく浮上した。

 

「何を持ってその目標立ててるんですか?国公立目指す子が50人いなかったら無理やり受けさせるんですか?行きたくもない学校に?」

 

って爆弾を投下したケツの青い時期も続いた。

 

そもそも進路指導ってのは、個に応じた指導や対応が必要で、学校や予備校のステータスのために、子どもの未来があるのではない。

 

子どもの願いや希望に沿って、その実現に向けて寄り添って行くことが進路指導なんじゃねーの?ってのは大人になっても消えなかった。

 

気づいている若者は多いと思うけど、大人の言う「いい学校、いい会社」に行けば将来は明るいかって言えばそうでもない。

 

逆を言ったら、滑り止めの学校に通うことになったって、自分次第で未来は明るくできる。

 

もっと言ったら、一人じゃできないことも仲間がいればできることが増える。だかたいろんな人に会いなさい。いろんな価値に触れなさい。

 

大人はいい学校やいい会社へ行かせたがるが、その目標に届かなかった時の、夢が叶わなかった時のフォローを知らないことが多い。

 

多分挑戦してきた人、挫折をあまり知らない人が多すぎるから。

 

夢見させるだけ見させて、できなかったら努力が足りなかったとか、次は頑張れとか。

 

結局一度ハマると、次は失敗できないっていう恐怖観念に襲われたり、失敗したこと=ダメなことみたいな刷り込みが忘れられず挑戦する意欲を失ったりもする。

 

あとはやっぱり夢見させる範囲が小さい。

 

日本の中のいい学校、日本の中のいい会社。

 

急に目線を海外へ向けたりすると、反対やバッシングされて、大人の価値の中で生かされることもぼくは違和感だったりする。

 

夢見させることへの責任を果たせていないことが、学歴やら職歴を大事にしようとする社会の闇だとぼくは思う。

 

結局できたかできないかの絶対評価で、できなかった人の居場所を奪っていく。

 

ハミ出そうとすると囲い込まれる。

 

そうやって、人が人を追い込んで行くこと自体社会の損失だとも思う。

 

だから将来が見えない若者が増えてきている。

 

だって大人が将来見えてないから。

 

かと言って「夢があるやつ最高〜!」とか「やりたいことやらなきゃ損でしょ?」みたいな薄っぺらいこと言う気もない。

 

勉強することの意味を学生時代に見出せなかったぼくだけど、あの頃の自分にはっきり言ってやりたい。

 

「お前はたまたま第一志望に受かっただけ。そんなことはどうだっていい。だけど、自分で立て目標に向かって目の前の嫌なこと、苦手なこと、やるべきことから目をそらさずに、継続して努力してきたこと、それこそが未来のお前の財産だよ。」って。

 

野球が好きなぼくが野球で努力できたのは当たり前。

 

でもそうやって身につけた本気になる癖、努力する癖、そして諦めない癖は、その癖の使う方向が勉強とか仕事とか、使う方面が変わるだけ。

 

野球を通じて有名選手になれなくても、結果が出なくても、自分が定めた目標に向かって本気になって努力を続けた日々こそ、将来に繋がる大切なものだよ。

 

「今の自分」では超えられない壁をいくつも超えて、超えられないけど諦めないで走ってきた人は知っている。

 

頑張った先に何があるのかを。だからこの先もきっと挑戦をためらわない。

 

偏差値とか、有名無名関係なく、走り出そうとする人の気持ちがわかるし背中も押すこともできる。

だから人のことを偏った色眼鏡では見ない。

 

「ばあちゃん、勉強はできないぼくだけど、ぼくは自分が行ってよかったって思える学校へ行けたよ。会社には行ってないけど、自分で選んでよかったって思える仕事と人生を歩いているよ。いい学校、いい仕事、そしていい仲間までいるよ。ありがとう。」

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