ローカルに暮らすソーシャルに生きる|地球規模で物事を考え、目の前の世界を生き、社会へ届けていくブログ

地球規模で物事を考え、目の前の世界を生き、社会へ届けていくブログ

北川勇介をフォローする

LIFESTYLE

カンボジアは本当にやばいのか?住んでいたってわからない

投稿日:

カンボジアという国が今置かれている状況。

正直、住んでいてもよくわかっていません。

 

聞いた話ですが、世界的にみて北朝鮮、ジンバブエ、カンボジアは特に独裁政権でいわゆる「ヤバイ国」という認識を置いている見方もあるそうです。

何年か前の選挙の票開票では、野党が与党の票数を上回るとわかった途端に、与党は選挙職員を動かして野党の票を操作した、なんて噂も聞きました。

そして先日は、日本政府はそのような独裁的な国の総選挙を支援することが、独裁や人権侵害を黙認するという話題まで出ていました。

今回は、この件に触れるわけではないので、くわしくはこちら

 

例えば、日本にとってご近所の国「北朝鮮」って聞いたらどんなイメージがわきますか?

ぼくの持つ北朝鮮のイメージはちょっと怖くて、ストツーの「ベガ」とか「シャドルー」の域です。

 

でもそこに、ぼくが現在住んでいるカンボジアが並ぶと、すごい違和感を感じました。

きっと北朝鮮にも、ジンバブエにも、カンボジアに暮らすぼくらと同じように暮らす日本人がいて、「いや、言われているほどでも」っていう意見ももしかしたらあるんじゃないのかなと。

 

それくらいメディアを通じて知るものって歪みかねない。

事実かもしれないし、事実ではないかもしれない。

伝えなくてはいけないことが伝わらず、伝わらなくてもいいことが伝わっているかもしれない。

そう感じさせられることもあるって話です。





噂話の破壊力

むかしむかし、豊川信用金庫が噂話で経営が困難になりかけるって話を聞いたことがありますか?

女子高生が「あの銀行はヤバイらしい」って言ったことから始まり、「潰れる」「現金を引き出せ」「理事長が自殺した」とかいろんな噂が飛び交ったそうです。

本当は何もヤバくないし、何も起きていないのに。

 

もし今、「カンボジアでテロが多発」とか「カンボジアで核実験」とかってニュースが流れたとしら、どう感じるでしょう。

ぼくの家族や友人は「帰ってこい」と言うかもしれません。

「もうあんな危ない国へ言っちゃダメだ」とも言うかもしれません。

もちろん、身を案じてくれる気持ちは嬉しいことです。

でも具体的な事例もなしに「カンボジアってやばいんでしょ?」って言われても、現地にいるぼくは「そうかなぁ?」としか返せないです。

 

自分ごとにならなきゃみんなわからない

カンボジアの総選挙の報道が日本でどう伝わっているかの詳細は不明ですが、少なくともぼくら庶民レベルでは何も問題が起きていないし、街中で過激な抗議集会やデモなど、身の危険を感じるようなことは起こっていません。

もちろんだからといって、総選挙が適正に行われるか?は曖昧であり、何も感じないことが=正常とは断言できませんが。

 

正直住んでいてもわからないのです。自分ごとにならないと。

これは多分、日本と一緒。

 

政権とかの話題って、敏感な人はとことん敏感。

だけど、無関心というか「まぁ大丈夫っしょ」「言うてそんなことないっしょ」っていう感覚は、日本にだってあるしわからない人にはわからない。

 

カンボジアで何かできることありますか?

と聞かれますが、気になるなら住んでみたらいいです。

「私でもできることありますか?」「学校を建てた地域ってどうやって探したんですか?」

と言う質問は「それを聞いてどうするんですか?」です。

 

「こんなことできる人を求めています」って言ったら協力するか、誰か適任者を紹介してくれますか?

「学校足りない地域を紹介します」って言ったらあなたも学校建設しますか?

 

住んでいたってわからないことばかりなのに、パッときただけで何か見えるわけでも何かができるわけでもないんです。

気になるなら住んでみたらいい。

そして、自分にできる何か?なんて簡単に見つかることじゃない。

 

日本にいようがカンボジアにいようが、自分にできる何かから無理やりストーリーを探すのではなくて、目の前にあるストーリー(できごと)の中に自分が加わることで増やせる笑顔とかあると思うんです。

それが仕事であり、社会の中の役割であると言うか。

 

「求人」があるから自分を当てはめにいくのではなくて、自分の「技術」を今目の前で活かすことはできないか?

という目線が大事なんじゃないかなと。

 

まとめ

カンボジアに行けばなんとかなるとか、カンボジアだったら(ゆるいから)大丈夫とか、カンボジアはヤバイ国とか、全部幻想です。

自分がそう思えば、自分の中でそういう国にになるだけで、どこにいたって自分がどういう心持ちでどんな方向を向いてるか?です。

 

日本がどう、カンボジアがどう、他の国がどう。

そんなことどうだっていいはずなんです。

ただ、自分がそこにいると決めたなら、役割とか仕事は待っていてもきません。

 

自分で様々な価値観に対応できる人間力を身につけたり、様々な課題に対応できるスキルや知識を身につけたり、自分を日々高めて行けば極論どこでも何でもやれます。

逆にこれがないと、資格なんて持っていたってその枠を争うだけ。

結局、枠が空かなくては必要とされません。

 

カンボジアに住んでいても、日本に住んでいてもわからないことばかりです。

旅行して「カンボジアの子どもたちの笑顔を増やしたい」「将来の選択肢を増やしたい」と感じたなら住んでみたらいいと思いますよ。

旅行の余韻のまま、日本で過ごしてても変わらないので。

 

一度来て見てください、カンボジア。いいとこですよ。

>>>スカイスキャナーで航空券比較検索

Facebookでも
情報公開中。







RECOMMEND



カンボジアへお越しの際はぜひ!

普段は、世界遺産アンコールワットのある街カンボジアのシェムリアップで「たまり場」をつくっています。
こだわりのカレーとコーヒーを用意して、ブログ書いて生活しています。
シェムリアップへお越しの際は、ぜひ遊びに来てください。

-LIFESTYLE

Copyright© ローカルに暮らすソーシャルに生きる|地球規模で物事を考え、目の前の世界を生き、社会へ届けていくブログ , 2018 AllRights Reserved.