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LIFESTYLE

仕事も収入も失うのが怖い?3年前の今日、ぼくは仕事も収入もどちらもなくなった

更新日:

ちょうど3年前の3月30日。

 

ぼくはそれまで勤めていた、静岡県の公立高校を退職しました。

 

退職を決めたのは、その2週間ほど前だったと思います。

 

それは突然の決断でした。





 

退職は突然に

なりたくてなった高校教師。辞めるつもりもなかった大好きな仕事です。

 

今でも、組織の中で働くなら「高校教師」しかないと思っています。(当面フリーランスで頑張ってみますが)

 

辞めるきっかけになったのは、突然鳴った校長室からの電話でした。

 

翌年度は異動して、新天地で働くことがおおよそ決まっていたので、次の学校の件で呼ばれたのかと思い、少しドキドキしながら校長室へ向かいました。

 

そしたら・・・違いました。

 

責任を果たすってなんだろう?

校長室で見せられた書類は、異動先の学校のことでもなんでもなく、クレームが書かれた紙でした。

 

当時受け持っていた部活の生徒からもらった、正座のクレームでした。

 

「え?正座?体罰なの?」

と今でも言われますが、体罰です。

 

ごめんなさい。

 

紙を見終わった後、校長先生から言われた一言に、なんだか全てがどうでもよくなってしまったことを覚えています。

 

「で、どう責任取るの?」って聞かれて「あ〜そういうことかぁ〜」って思いました。

 

辞めることなんて1mmも考えていなかったのに、ぼくの口から出た言葉は「辞めます」の4文字でした。

 

「なぜそんな指導をしたのか?」「これは事実なのか?」と聞かれることもなく、ただ一方的に問われた責任問題に対して「辞職」を選びました。

 

辞めて責任が果たせるわけでも、生徒の気持ちが晴れるわけでもないのは重々承知していますが、ぼくは気付いたら「辞める」って言っていました。

 

仕事辞めてどうするの?

管理職側も「辞める」って言い出すとは思っていなかったようで、「え?やめる?」「やめてどうするの?」って質問が返って来ました。

 

何度も言いますが、辞めるつもりもなかったので、「辞めてどうするか?」なんて考えているはずもありません。

 

そこで不意に出た言葉が

「辞めて、東南アジアでも行こうかな」

でした。

 

校長室を早く出たい一心から、滲み出た言葉がまさか人生を大きく動かすことになるなんて。

 

人生って、本当わからない。

 

言葉にしたら人生が動き始めた

今でこそ、カンボジアはぼくにとってすごく身近な国の一つになりましたが、当時は、カンボジアはおろか東南アジアにだって興味なかったです。

 

海外旅行もバックパッカーも、独立することも、自分で事業を起こすことも、それまでのぼく頭の中には全くなかったライフプランです。

 

その時は校長室にいることにもううんざりしてしまい、口からでまかせを言ったつもりでした。

 

でもそのあと、ぼくは体育教官室のパソコンで

 

「カンボジア ボランティア 学校」

「海外 初めて 乗り継ぎ」

 

とか一人で検索していました。

 

不思議な感覚でした。

 

校長室から戻った直後、最初は一人だった教官室に、続々と同僚の先生たちが戻って来て

「お、次の学校決まったか?」

と言われましたが

「今、それを調べています。」

って謎の回答をしていました。

 

全員そろって、はぁ?って言われたことは今でも目に浮かびます。笑

 

行動の理由は特になかった

実際に検索してみて、いくつかヒットした候補が見つかり、NGO団体に申し込みを済ませました。

 

「何を基準に選んだのか?」

 

今でもよくわかりません。

 

でもぼくは、仕事を辞めてひとりで海外へ飛び出しました。

 

たくさんの不安を抱えて。

 

でも、行ったら行ったで何だか居心地よくて、目で見た現状は知ったつもりになっていたものとは違っていて、来てよかったと思いました。

 

このまま日本に帰っていいのかな?って考えも、日を追うごとに強く感じるようになっていました。

 

行って終わりにしていいのかな?

カンボジアへ行くことを決めたら、何だかインドにも行きたくなって、そのままインド行きのチケットも押さえました。

 

実際に二カ国行ってみて感じたのは、このまま帰って体験談を偉そうに人に話したり、SNSに載せる。

 

それってなんか違うよなって思いました。

 

もう一度教壇に立って、こんな体験をして来たって生徒に話せたらって思っていたけど、思い出作りのために異文化に踏み込んだんじゃない気がしてしまって。

 

そのまま先生に戻ることは辞めてしまいました。

 

どうやって生きたらいいんだろう?

でももちろん、待っていた現実は甘くなくて・・・。

 

それまで公務員の端くれとして、のうのうと生活していたぼくには、自分の力で飯を食っていくノウハウが全くありませんでした。

 

固定給というものがなくなったぼくは、失業保険で3ヶ月食いつなぎながら、次の一手を探るべく、なぜか東海道五十三次を歩く旅に出た。(これも何でやろうと思ったかよくわからないけど)

 

18日間に及ぶ京都〜東京500kmの旅は学びがいっぱいで、もう絶対やらないけどやってよかったなって思いました。

 

いろんな人に助けられっぱなしの18日間は、大げさではなく本当に命の使い方を大きく考えさせられた旅でした。

 

そこからいろんな情報を自分なりに咀嚼していく中で、自分の心と向き合った結果が、気になっていたカンボジアに小学校を建設するという行動を生み出しました。

 

仕事や収入を失うのは怖くないですか?

この話をすると、結構な確率で「仕事や収入がなくなる不安や恐怖」について突っ込まれます。

 

もちろん、不安がなかったかと言われたら不安はありました。

 

ですが「死にはしないだろう」って心のどこかでは思っていました。

 

「お金がなくなったから死ぬ」とするなら、死なない方法はいくらでもあると思ったからです。

 

そこからいろんなことを試行錯誤しながら、手探りやってきました。

 

その結果、今もぼくは生きています。

 

結局何が言いたかったかっていうと「言葉にすれば物事は動きだす」ということです。

 

そしてビビりながらでも何でも「始めてしまえば必ず終わりが来る」ということも。

 

計画的に準備して始まった訳でなくても、想い続けた方に人生は加速するんだと実感しました。

 

帰国してから「教師にならず、自分の力で生きて行くことにします」って言ってから「無理だ」とか「どうやって?」とか「バカか!」ってメッッッッッッッッチャ言われました。

 

やり方なんて後からでもどうすることができて、一番怖いのは、自分の心の声に従わずに生きて行くことが一番怖いなって思いました。

 

フリーランス生活、いいことばかりでもないですが、今もぼくはめっちゃ幸せです。

 

自分で選んだ道の途中に、うまくいかないことは山ほどあったとしても、間違いや後悔はないのだなって思います。

 

心の声に従いもしないのに、「思い通り」の人生なんて無理だろって。

 

自分が思った通り生きていないんだから。

 

そんなことを味わった3年間でした。

 

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無計画に仕事を辞めてから独立までの成功事例や、苦悩、対策などを赤裸々に書いています。
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