この記事で伝えたいことはタイトルの通りで「物を減らすことにこだわりすぎている人が多すぎて、不便で不快な暮らしをすることがミニマリストではないんだよ」ってことなのですが、必要なものは人ぞれぞれ違うから「少ないものが勝ち」っていう偏りすぎた考え方は身を滅ぼすからやめたほうがいいですよ。
ミニマリストってそもそもなるものじゃない
「ミニマリストに憧れて」とか「ミニマリスト目指してます」とかいう人がいますが、ミニマリストってそもそもなるものでもないですよね?
そこに目線が向いている時点でもはやおかしいというか。
物を減らしてミニマリストになりたいとしたら、なぜそう思うんですか?
誰かが「ものが少ないほうがいい」って言ったから?
そんな生き方、楽しいの?
仮にミニマリストになるとしたら何のため?
ミニマリストにはなるものじゃない!って言い放った後になんですが、わかりやすくするためにあえてこういう言い方しますね。
「もし”ミニマリストになる”としたら、それは何のためですか?」
なる、目指すとしたら、その目的は何ですか?
目的があれば、目指してもいいしなれるかもしれません。
ですが、この目的が曖昧で「物を減らすこと=ミニマリストになる」だと、きっと物を減らして言った先で不便で不快で不幸な暮らしが待っていると思います。
だって、物を減らしたって幸せになるはずないし、人生が一発逆転するはずないから。
そもそもこういう「思想」みたいな考え方を深掘りせずに、鵜呑みにしようとしている自分のメンタルを疑ったほうがいいです。
何かにすがって「ミニマリストになれれば豊かな暮らしが待っている」、そうやって他人や環境に依存している時点で一生無理です。
ただ、ぼくも物を減らして行く過程で、以前よりもかなり豊かになれたと思います。
「あれ?言ってること矛盾してね?」って思ったら、もう少しだけ読み進めてみてください。
本当に手放さなくてはいけないものは物ではない
「物を減らす」という行為はあくまで手段のひとつだと認識してください。
だから、物を減らせば豊かになるわけないし、100個物を持っている人より99個の人がエライ訳でもすごい訳でもないのです。
物を減らそうと思ったら、いろんな力になります。
- 必要か不要かを見極める力
- 「これ高かったしな」っていう金額に踊らされない力
- 来るはずもない「いつか」のために取っておく貧しさを払拭する力
- 物を減らした自分は変われるという勘違いや幻想を見破る力
この辺で並べた言葉が全てだと思っていて、生きて行くために必要な力でもあるかなと。
だから、ミニマリスト的な思考を持つとこの辺を磨くことができて豊かになれる可能性が高まる、それだけのことです。
だから何度も言いますが物を減らしただけでは豊かにはなれないし、自分も変わらない。
そして、ミニマリストになれたとしたって何もいいことは待っているわけではない。
目に見える「物」にフォーカスして、その数を減らして行く過程でいろんな葛藤や感情や感性が働いて、目に見えない「甘え」「依存」「期待」を捨てていく。
物や環境や他人に左右されない「見栄」や「意地」や「ちっぽけなプライド」を捨てて、自分が心地いい自分を作っていくことが、大切なことなのではないでしょうか。
だから、物の数の少なさ選手権したい人はそれでいいと思います。
究極まで減らして、不快で不便な生活をしてみたら、新しい気付きがあるかもしれませんし。
ただ、間違った追求をした結果、心も体も不健康になってしまっては一番残念な結末なので「物を減らさなくてはいけない」なんて呪縛すらも捨てて、自分が必要なことをすればいいのです。
それが自分がしたことなら。
▼本当に必要なものを考えるために読んでみた本
特に「薄い財布」などのプロダクトで有名な、バリューイノベーションの南さんの働き方やカバンの中身が参考になりました。
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